彼の声も何も聞こえない。
ただ穏やかな風が通り過ぎるだけ。
彼には病気だということをずっと隠していたから、そんな私に嫌気がさしたのは確実だろう。不本意であっても、彼に病気だということを告げずにいたということは、隠し事をしていたのも同じ。ずっと罪悪感はつきまとっていた。でも、心苦しさはこれで少しは晴れるのかな。

彼はなんというのだろう。
彼の言葉が怖くて仕方がない。
彼の言葉をじっと待っていると、
私の手を温かなゆくもりが覆った。
恐る恐る目を開けると、
彼は優しい目で私を見ていた。

「ひ、ろくん…?」
彼の手が、私の手を包み込んでいる。
「寒い?冷える?」
「ううん、寒くない」
「そっか、よかった」
彼は、川に視線を落とした。
「どうして?」
「ん?ああ、手、冷たかったし。
震えてたから」
「えっ?」
私の手を撫でている彼の手を見た。
よく見てみると、私の手は微かに震えていた。
「気づかなかった…」
「僕が握る前は、もっと震えてたけど」
そっか。彼を失うと思うと、怖くて怖くて堪らなかったんだ、私。
それほどまでに私、彼のことが好きなんだ。彼のことが好きすぎて、怖くなってくる。でも、彼を失ってしまうかもしれない。だってずっと、隠し事をしてたようなものだし、こんな病気の私を相手にしたいわけがない。
彼のためにも、私は彼から離れなきゃ。私は身を切るような思いで、彼から手を離した。