「…着いたよ」
着いてしまった、彼女の家の前に。
彼女はずっと俯いたまま、何も言わなかった。
「…」
彼女は黙って俯いたままだ。
「心愛ちゃん、着いたよ」
黙りこくる彼女に、僕は溜息をついた。
「心愛ちゃん」
「…博人さんっ!」
彼女が顔を上げたかと思うと、僕は彼女に手を握られていた。
「ここあ、ちゃん…?」
僕の思考は、一旦停止した。
僕の大きな手に、小さな柔らかい手が重ねられている。
彼女の手は、冷えていた。

「怒って、ますか…?」彼女の声は、震えていた。
「…心愛ちゃん」
「怒ってますよね…ごめんなさい、私…博人さんとは一緒に居たいんです。でも…」
「わかってるよ」
「ごめんなさい…」
「もう、いいから」
「お願い…怒らないで、博人さん」
彼女は僕の手を放し、躊躇いがちに僕の胸に飛びついた。
「怒ってないよ」
僕は彼女を抱き締めた。
「ほんと…?」
「ほんと」
「ほんとに?」
「ほんとだよ」
「よかった…」
彼女は安堵した。
「どうしよう、私…」
「ん?」
「博人さんと…離れたくなくなっちゃった」
「…いけない娘だ」
「だって…まだ帰さない、ってさっき博人さんに言われた時、
すごくどきどきして…どうしようって思っちゃった」
「何かされると思った?」
「はい…何かされるんじゃないかって…。ドライブデートってだけでも、緊張してるのに…」
「へえ、緊張してたんだ」

―何かを、期待していたのか?

「はい…」
「何もなくて…ごめんね」
「いいんです。次、期待してー」
―もう限界だ、我慢ができない。
僕は彼女の額に、唇を押し付けた。
「…!」
彼女は僕の唇の温もりが残る額を押さえ、顔を赤くしていた。
「今日は…このくらいにしとくよ」
これ以上触れたら、止まらなくなってしまう。
「博人さん、博人さん」
「ん?なに?」
「だいすき…」
彼女は僕の手を握り、頬に僕の手をすり寄せた。
僕の手の温もりを感じるように、彼女は目を閉じた。
「僕もだよ。こんなに冷えて…」
僕は彼女の両手を握り、彼女の冷えた手を擦った。
「あったかい…」
僕と彼女は時間を忘れ、互いにずっと見つめ合っていた。