彼女が、また一歩を踏み出した。
「今日はとても楽しかったです。有難うございます、博人さん」
彼女は僕に微笑んだ。
彼女は帰る気でいるが、そんなことはさせない。
―まだ、帰さない。
僕は彼女の手を引っ張り、強く抱き締めた。困惑している彼女が、目の前にいる。
「博人さん…?」
もう、どうしたんですか、と彼女が笑う。
「もう、帰らなきゃ」
彼女は腕時計を見ようと僕から離れようとしたが、僕はそれを許さない。
「んっ…博人さんったら…」
「まだ帰さない」
「そんな…だってもうこんな時間」
「まだ十時じゃないか」
「もう夜の十時ですよ?色々と準備してたら日付変わっちゃう」
彼女は困ったように言った。
「…どうしても帰るのか」
「また会えるでしょう?もう、どうしたんですか?今日の博人さん、いつもより変」
―僕を狂わせているのは、心愛ちゃんじゃないか。
当の本人は、全く気付いていないけれど。
「わかった。…もう帰るんだろ」
僕は彼女を突き放した。彼女は驚いていた。
僕は、ハンドルを握った。
「博人さん、博人さん」
「…」
「博人さん」
「運転中なんだ。危ないだろ?気が散る。話しかけるのは後にしてくれ」
僕は冷たく言い放った。
「…!」
彼女の顔はみるみるうちに悲しい顔へと変わった。
今にも泣きそうだった。彼女は俯き、黙った。
こんな風に言うつもりは、なかった。
ただ、彼女ともっと一緒に居たいだけ。
彼女が帰るというから、素直になれず意地を張っているだけ。
つまらない意地を、張っているだけー。

