「結愛、我儘を言わない。ママがどれだけ頑張ってるか…」
「だってだって〜」
その時、ばたんという音がした。
「ん?」
「パパー、なんの音?」
僕は不思議に思い、結愛と音のする方へ駆け寄った。駆け寄ると、そこには心愛が倒れていた。
「心愛!?心愛!!」
倒れていた心愛を揺さぶるも、心愛は動かなかった。
「ママ?ママ…!起きてよ!」
結愛が小さな手で心愛の手を引っ張るが、全く動かない。
「ねえ、パパ…どうしよう、ママが……」
結愛は目に一杯の涙を溜めていた。
「大丈夫だからな。結愛、寝室に運ぶの手伝ってくれ」
「うんっ!」
僕はぐったりとした心愛を抱き上げ、結愛は、寝室のドアを開けて心愛を心配そうに見ていた。
ベッドに心愛を寝かせると、結愛は心愛が寝ているベッドに潜り込み、心愛の手を握った。
「ママ…ママ…」
返事のない心愛の近くで泣きじゃくる結愛。
「パパ…結愛がママのこと嫌いって言ったから?だからママ、倒れちゃったの?」
「違うよ、結愛」
「パパとベタベタしてたから、だからママ…」
「違うよ、結愛。大丈夫。直ぐに目が覚める」
「本当?」
「ああ、本当だ」
結愛は、泣きじゃくりながら心愛の手を握りしめた。
「ごめんね、ママ…パパとイチャイチャするのはほどほどにするから、だから起きてよお…」

僕は忘れていた。心愛は病気で、完治していないということを。
病状はかなり良くなったとはいえ、完治していないから、油断はできないというのに、幸せなこの生活を当たり前に思ってしまっていた。
「パパ…どうしよう」
一向に目が覚めない母親の姿に、不安を隠しきれない我が子は、僕に目で訴えかける。
「大丈夫だよ、結愛。結愛がいい子にして、ママを困らせなかったら、ママは起きるよ」
「本当?」
「うん、本当。いい子にできるかな?」
「うんっ!」
「よしよし、いい子だ」
僕は、結愛の頭を撫でた。心愛を挟むようにして、僕と結愛はベッドに横になった。心愛の左手は結愛に握られ、右手は僕にしっかりと握られている。
心愛を見つめていると睡魔が襲ってきて、いつの間にか僕は意識を手放していた。



「パパ、パパあ〜!!」
結愛の高い声に、僕は目を覚ました。
ぼんやりとしながらも、声の主を探す。
「どうした…結愛」
僕は目を擦りながら、起き上がった。
「ママが!ママが!」
「ん?ママがどうした?」
「起きないよううう〜!どうしよう…」
「結愛……」
結愛は、心愛が起きないことを気に病んでいた。結愛の目から涙が零れ落ちた。
「ん……」
その時、心愛が眉間に皺を寄せた。
「ママ?ママっ!」
結愛が心愛を揺さぶった。
「ん……ゆ、あ…」
心愛はうっすらと目を開け、隣にいた結愛を見た。
「ママああ〜!!」
結愛は泣きながら心愛に抱きついた。
「ふふ、ゆーあ」
「ママあ〜〜」
「どうしたの、結愛」
「ママがなかなか起きないから…それに、ママが倒れたところ見て」
結愛は心愛の手をしっかりと握って離さない。
「ごめんね、結愛。もう大丈夫よ」
「本当?本当に?」
「ええ、本当よ」
「よかったな、結愛。良い子にしてたから、ママは起きたんだぞ」
「うん。結愛、良い子にする!」
「よしよし、結愛は良い子だ」
僕は結愛を見て笑った。
心愛は結愛の髪を撫でている。
結愛は安心したのか、髪を優しく撫でる心愛の胸にしがみついて寝てしまった。