「保乃果…!どうしよう」
博人が、青ざめた顔で言った。こんなに青ざめた顔の博人は、今まで一度も見たことがなかった。
その様子からわかるのは、電話の向こう側の心愛ちゃんに何かが起こったということだけだ。
さっきまで私は心愛ちゃんと普通に話していた。
しかし、この博人の顔を見ればすぐにわかる。緊急事態だ、とー。
「どうしたのよ、そんな青ざめて」
「心愛ちゃんから…反応がない。何度呼びかけても返答がない。
心愛ちゃんに何か…あったんじゃないかって。心愛ちゃんの声が、聞こえなくなった。
途切れた。どうしよう、保乃果…。僕はどうすれば…」
博人は、所謂パニック状態になっていた。
「ちょっと!しっかりしなさいよ!こういう時こそ冷静に…」
博人は私の言葉を遮った。
「そんな冷静になれるわけないだろ!大好きな彼女に、何かあったかもしれないんだぞ!
さっきまで普通に話してたのに、声が遠のいて途切れて、反応が全くない。
そんな状態で冷静になれっていっても無理にきまってるだろ!
物音がして声が途切れたんだ。心配になって当然だ」
博人は頭を抱えた。

「…えっ?ちょっと待って」
「ん?どうした?」
博人は不思議そうに私を見た。
―待って。どういうこと?物音がして声が途切れた?
「今、なんて言った?物音がして声が途切れたって言った?」
「うん…言った」
―待って。ということはもしかして…心愛ちゃんは…
「もしかして、倒れてるんじゃないの…?」
博人は目を見開いた。
「なんてこというんだよ…!不謹慎にもほどがある…!」
「だって、物音がしたんでしょ?」
「うんした。ばたん、って」
「それ、完全に倒れた時の音じゃない」
「…じゃあ、心愛ちゃんは今…倒れてる?
そんな…そんなわけない。そんなこと…そんなこと…」
博人の声は、震えていた。
「ちょっと…!しっかりしなさいよ!」私は博人を揺さぶった。
するといきなり、博人が私を振り返り、じっと見た。
ただでさえ端正な顔立ちの博人の顔に、私はどきっとした。
顔が、思ったよりも近かった。
しかし、鼓動が高鳴っているのは私だけで、博人は何とも思っていなかった。
博人の頭の中は、心愛ちゃんのことでいっぱいだから。
「心愛ちゃん家に行かなきゃ。一緒に行こう、保乃果」

―え?なんて言った、この人。一緒に行こうって言った?私の聞き間違い?

「一緒に行こうって…私も行くの?」
私は、呆れたように言った。
「うん、一緒に」

―いやいや、何を言ってるんだ。普通、彼女の家に女友達を連れていくか?

「一人で行ってよ。その方が心愛ちゃんも安心でしょ」
「いいから、一緒に来てくれよ」
博人は、私の目をじっと見て言った。
やめてよ、そんな目で見るの。不覚にも、ときめいてしまうじゃない。
私の恋心なんて、ちっともわかってやしないんだから。ある意味罪深い、この男。
心愛ちゃんも、気が気じゃないんだろうな。
だって博人、モテるしイケメンだもん。
心愛ちゃんの苦労は、測り知れない。だからこそ心配になる。
心愛ちゃんはただでさえ大人しいのに、あの電話で話している時、
とても苦しそうで辛そうだった。
自分で自分を傷つけている。
博人とは釣り合わないって、ずっと悩んでいるんだろうな。
そんなことないのに、と私は思う。
博人と心愛ちゃんは、お似合いだよ。
二人見てたら、なんか笑顔になるもん。何故だか、わかんないけど。
心愛ちゃんは、なんかこう、不思議な力を持っている
気がする。特別変わった娘、とかすごく個性的な娘、とか
特別すごいものを持ってる、とかいうわけではない。でも、何故か引き付けられるんだよね。
博人が心愛ちゃんを好きになる気持ちは、わかる気がする。