心愛は、ベッドの中にいた。
「心愛ちゃん」
博人は、ベッドで静かに眠る心愛を、じっと見つめていた。
「…なかなか、起きないね」保乃果が言った。
「うん…あれからもう、3時間以上は経ってる」
博人は、天井を見つめた。
「すごく…穏やかな顔してる」
保乃果は心愛の顔を見て言った。
「うん、僕もそう思う。穏やかすぎて…怖いくらいだよ」
博人は心愛の前髪に触れた。

「ねえ、心愛ちゃん。起きてよ。
心愛ちゃん、起きて。お願いだから…起きてよ…」
博人は我慢できずに涙を零した。
「博人…」
保乃果は俯いた。
見ていられなかった。
博人の涙は、心愛の顔に零れ落ちた。
「心愛ちゃん…起きてよ…起きてくれなきゃ…何もできないじゃないか。
話したいことだってたくさんあるし、いちゃつくことだってできない…。
起きてよ、ねえ、心愛ちゃん!長い昼寝は…終わりにしてよ…」
博人の涙が、頬を伝う。頬を伝った博人の涙は、再び心愛の顔を静かに濡らした。
視界が滲む。博人は、泣きじゃくっていた。
いつもの冷静沈着な博人の姿は、そこにはなかった。

「…ひ、ろとさん…?」
博人は、はっとした。博人は涙を拭い、柔らかな声のする方を見た。
そこには、心配そうに博人を見つめる心愛の姿があった。
心愛は、しっかりと目を覚ましていた。
「心愛ちゃん…よかった…!」
博人は嬉しさのあまり、心愛を強く抱き締めた。
「んっ、苦し…」
「あ、ごめん…」
博人は、心愛を抱き締める力を少しだけ弱めた。
「よかった…本当によかった…」
「ひ、ろとさん…どうして…泣いていたんですか…?」
「それは、それは心愛ちゃんが…倒れていたからだよ。
意識もなくて、何度呼びかけても擦っても、何の反応もなかった。
それに、恐ろしいほどに穏やかな顔で、息も…していないんじゃないかってくらい、静かだった」
「わたし…倒れていたんですか…?」
心愛は驚いたように言った。
「確か、わたし…ほのちゃんから電話が来て、電話に出て…博人さんと話していて…」
「そうだよ。なのに、いきなり物音がして、心愛ちゃんの声が途切れた。
心配になって、すぐに駆け付けたんだよ」
「そう、だったんですね…私、覚えてない…」
「博人の慌てっぷり、心愛ちゃんにも見せたかったな~」
保乃果が笑った。
「あのなあ、僕は必死だったんだぞ?何も考えられないくらい…。からかうなよ」
「はいはい。ごめんごめん」
「あのなあ、」
「ふふふ、ほのちゃん、棒読み」
心愛は笑った。
「あ、ばれた?」
「うん、ばればれ~」
心愛はくすり、と笑った。
「僕は必死だったんだからな」
「はいはーい」
「ほのちゃん、棒読み~」
「ふっふっふー」
保乃果はまた笑った。
「何よ、その目」
「いや、いつの間にそんなに仲良くなったのかなって」
「ん?あー、それはね」
「うん」
「ひみつー!」保乃果はにやりと笑った。
「なんだよ、それ…。心愛ちゃん、教えてよ」
「ふふ、ひーみつ」
「…なんだよ、心愛ちゃんまで。ひどいなあ…」
博人は拗ねた。
「拗ねてる博人さん、可愛い…」
心愛は微笑んだ。
「…可愛い?かっこいいって言ってほしいな」
心愛は気付いていなかった。博人のスイッチが入ったことに。
「えっ?…んっ、」
博人は心愛の唇に自分の唇を押し当てた。
「…っ、はあっ、ひ、ろとさん…」
心愛の頬は、紅潮していた。
「ん?なに?」
「もう…不意打ち…」
「だめ?」
「だめなんかじゃありません…でも」
「でも?」
「…ひろとさん、ずるい…いつも…いつもそうやって私を乱すの。ずるい」
心愛は、博人を見つめた。
「心愛ちゃんだって、僕を乱してる。ずるいよ、僕の心をいつもそうやってかき乱す…」
博人は心愛の両手を握った。心愛は、博人の手を握り返した。
博人は心愛の手を自分の手を、優しく絡めた。
「早く元気になって、デートしよう」
「はい…博人さん…」
博人と心愛は、心からの笑顔になった。