「博人さん…?」
黙って彼女から目を逸らした僕を、彼女は不安げに見つめている。
「博人さん…あの」
「あいつのこと、まだ好きなんだろ」
「好きじゃありません!」
「嘘つけ」
「ひろと、さん…?」
彼女は目を潤ませていた。
そんなに目を潤ませて、
僕をどうする気だ。
「私、智也のことなんか好きじゃない。私が好きなのは、博人さんなの。博人さんじゃなきゃ嫌なの」
半ば泣きべそをかいた子供のように言う彼女。
「僕に気を遣わなくていい。あいつのことがまだ好きなら、あいつのところへ行けばいい」
「…っ、」
とうとう、彼女の目から涙が溢れた。
彼女は何かを言おうとしているけれど、なかなか言葉に出来ないようだ。
「…嫌いになっただろ、僕のことなんて」
「そんなことない!私…」
「もういい、何も言うな」
「いやっ、言う…!」
「……はあ、」
溜息をついた僕の腕を掴んだ彼女の手は震えていた。彼女の手の震えは、僕の体にしっかりと伝わっていた。
「確かに、私、しばらく智也のことが好きで、振られても忘れられなかった」
そうか。そんなに好きだったんだな。
あいつには、勝てないんだ。
「でも、それはもう昔の話」
彼女はきっぱりと言い切った。
「無理すんなよ」
「してない!」
「してる」
「してない、お願い、博人さん信じて」
「信じられない」
「そんな…」
彼女は傷ついた顔をした。
「あいつといた方が幸せになれるよ」
君の決心が鈍らないうちに、あいつとの仲をとり持たなければ。
「いやっ、そんなの、いや…!!」
彼女は僕の両腕をしっかりと離さないように掴んだ。震えは、さっきよりも強くなっていた。
「あいつといた方が、メリットはたくさんある」
「メリット…?」
「そうだ。心愛ちゃんの夢を叶えられる」
「私の夢?」
「うん。作家になりたいって、本を出したいって夢。あいつなら、君の夢を叶えられるよ」
「そんなことない」
「いや。あいつは、印刷会社の社長の息子だ。やろうと思えばできる」
「できない!」
「できるんだよ」
「できないっ」
彼女の頬に、一筋の涙が流れた。