それから数日後の夜、仕事が終わり家への帰路を歩いていくと、僕の目の前に大きな黒い影が横切った。
正体は、すぐにわかった。
「よぉ、心愛の彼氏」
「……何だよ」
僕は智也を睨んだ。僕の最大の敵は、今のところはこいつだけ。
「心愛は元気か?最近全然会えないんだよなあ」
「当たり前だ。お前に会わせてたまるか」
「今日はお前に話があるんだよ、博人」
「いきなり呼び捨てか?気持ち悪い」
「心愛なら呼び捨てもいいってか?」
くく、と智也は笑った。
こいつの笑った顔は腹が立つ。
歪んだ顔に見えるのは、僕だけか。

「本題に入るぞ。心愛を俺に譲れ」
「は?」
「聞こえなかったか?心愛を俺に譲れといっている」
「何を言ってるかわかってんのか?」
「ああ、わかってるぞ」
「お前…」
許せない。今にもこいつを殴ってしまいたい衝動に駆られる。
「前にも言ったよな?俺は心愛を、お前から奪うと」
「僕から奪えると思ってんのか?」
「思ってるから言ってんだよ」
しばしの沈黙の後で、僕は口を開いた。
「譲りもしない。心愛ちゃんは渡さない」
「だろうな」
「わかったらさっさと散れ」
普段はこんな乱暴な言葉は使わないが、なにぶん僕は今猛烈に苛立っている。はらわたが煮えくり返りそうだ。

「お前の思うようにはいかんぞ」
「は?」
「俺はお前の最大の恋敵。手強いぞ」
「自分で普通、そんなこと言うかよ」
「俺は優しいから素直に言ってやってんじゃないか」
智也は口角を上げて言った。
「ふざけるな。どんなことがあっても僕は、心愛ちゃんを絶対に渡さない」
「そうか。なら、どうやって心愛を引き込むかだな」
「いい加減にしろ」
僕は智也の胸ぐらを掴んだ。