その日はあれからどうやって帰ってきたのか覚えていない。
気づいたときには玄関の扉に背中を預けてその場に座り込んでいた。
朝陽の言葉の意味も、キスの意味も、自分の心臓がいつも以上に激しく動いているのも理解しようにも気持ちが追い付いてこなかった。

そして今日、講義がなくて大学に行く事もなく本当に良かったと思っている。
朝陽と同じ講義の予定はないけれど、偶然にでも会ってしまったらどんな反応をしたらいいのかわからなかった。

けれど、そんなことばかり考えていたからか朝から入っていたバイトでは失敗ばかりしていた。

「真未ちゃん、今日はどうしたの?
バイトに入りたての時より失敗してるわよ?」

「……すみません」

成型し損なった菓子パンが並んだ隣で絢さんに頭を下げる。
味見をして、味はいつも通りだから、お買い得品としてまとめ売りしましょうか。と言う言葉に申し訳ない気持ちと安心する気持ちが渦巻いていると千夏がやって来た。

「おはよーございますっ!
あれ、独創的なパンですね、新人さんですか?」

何の悪気もなく言いのけて、居もしない新人を探す千夏にさらに気落ちしてしまったのは言うまでもなかった。