「岩沢さん、このパンは何て言うんですか?」

「これはフォカッチャ。
今おすすめを聞かれたらこれをすすめてね」

わかりました!とメモしながら元気に答える新人の子に苦笑する。
以前仲良くしてほしいと言ってから異様なまでに懐いてくれるようになったが、千夏が言うには、男前な真未さんに惚れ込んじゃったようですよ。だそうだ。

そんなバカなと思いつつもたまに熱い視線を向けられているのを感じる。
でも、前のように怖がられるよりかはいいかと思い直して気にしないようにしていた。

「じゃあ、厨房に戻るからフロアはよろしくね」

「はいっ!任せてくださいっ!」

頼もしい返事に笑顔を返すと頬を染められた。
厨房に戻り寝かせていた生地を取り出していると、今日のおすすめは何かな?という例の常連の人の声と、フォカッチャですっ!と元気に返す新人の子の声が聞こえてきた。

「……懲りないわね……」

小さく呟き生地を六等分に取り分ける。
あの時忠告したと言うのに彼はまだ手を引くつもりはないらしい。
あれからも毎日パン屋に通う常連さんの鞄には光の当たり具合で反射しているある物が入れられていた。