葵は三階と聞いてそんな言葉を出した。
ちょっとは私の大変さが分かったか。
驚いたでしょうね。
この若さで三階だなんて。
「あんたは?」
「俺は……二階。ただの貧血だし」
「貧血くらいで入院も大変だね」
「そうだな。大変だよ」
葵は点滴を見上げてそう言った。
なんだか神妙な面持ちで拍子抜けした。
皮肉のつもりで言ったけど、案外効いたのかな。
「明日十時にこの中庭で」
「えっ?」
「絶対来いよ」
「絶対来るもんか」
「来いよ」
「やだね」
「ふっ。頑固だな」
葵は静かに笑うと、
手をひらひらさせて中庭を離れた。
一人になった私はふぅっと息をついて空を眺める。
茜色に染まった空は気持ちよくて、
心が晴れやかになった。
彼女のフリ、か。
まあ、ちょっとは退屈な毎日の刺激になるかもしれない。
ここはひとつあいつの提案を受け入れようじゃないの。
春になったばかりの夕空は少し寒い。
いつの間にか冷えている体をさすりながら、私は立ち上がった。
中庭を出て中に入ると、やっぱり消毒の匂いが鼻について、
ざわざわしたこの気持ち悪いうるささに頭を抱えた。
足早にそこを離れてエレベーターに乗った。
しわしわの手が五階のボタンを押す。
振り返るとピンクの病衣を着たお婆さんだった。
ああ、この人はもうすぐ死が待っているんだろうなと心の中で嘆く。
でもね、お婆さん。
この年齢で三階クラスの私も相当可哀そうでしょ?
薄い笑みを浮かべて、三階まで到着するのを待った。


