ハナノユメ

「“ふれる”だね。これはプラム出席者に配られたドレスコード、青いリボンの作成者、祝福学のハッター先生に聞いた」
 悠木が最後のテープを流した。
「ええ、あれはあたしの教室から生徒会の子たちが持って行ったリボンですよ。特別なリボン。あたしが祝福したんですよ。プラムの生徒たちが羽目を外さず、ちゃあんと夜には寮のベッドに戻るようにね。ええ、それだけですよ。そうだわ、悠木くん、刺繍の授業は中等部で終わってしまうけれど、高等部でもぜひ続けてね、祝福の合言葉は“幾重にも、幾重にも”ですよ。刺繍はいいわ。すべての祝福の元になります。なんてったって集中力が身に付きますからね。刺繍する糸、これにも祝福がされているとより強力よ。祝福は集まると強くなるの。複数の意図した祝福があったら? いい質問ね悠木くん。バラバラな祝福は集まると力を増し、その中でいちばん強い祝福が作用するのよ。さらに、もっと言うと、祝福は五感に作用するでしょう。その五感すべていちどに祝福をされたら、それは古の祝福に匹敵する力が生まれることがあるわ。いくつかの条件があって、滅多にあることではないけれど。ああ、でも、これは高等部で習いましょうね」
 テープは終わった。ラシェッドがため息交じりに口を挟んだ。
「でたよ。ハッターばあさんの口癖“幾重にも、幾重にも”」
「これですべて終わりだよ」
悠木はボイスレコーダーのスイッチを切った。煌星は考え込んだ。それぞれは取るに足らないことを話しているようだけれど、重要なことが隠れている。ラシェッドも悠木も同じ考えのようだった。
「悠木、五感に目を付けたのはよかったかもな。やっぱり、あの日の中庭は、なにかしら祝福が関係している」
「古の祝福がキーワードだという気がする。小さな祝福でも集まると力を増し、五感に同時に作用すると古の祝福があらわれる……か」
「だけどどんな祝福、または厄災が働いたのかはわからないね」
 三人は考え込んだ。ふと煌星は、二人を招集した当初の目的を思い出した。二人に保留にしていた事を話そうと思っていたのだ。
「そういえばさ、小松のことだけれど。異母姉妹ではないよ。異父姉妹。俺とは異母兄妹だった」
「は? どういうこと?」
 悠木とラシェッドは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。無理もないと思う。
 ややこしいかもしれないけれど、と煌星は前置きをして、説明をした。小松と花の母である藍野千琴は、藍野家の当主との間に花を生んだ後、煌星の父によって黒川家に幽閉され、煌星の父との間に小松を産み、死んだ。ラシェッドと悠木は、黙って聞いていた。
「お貴族様のお家事情は恐ろしいな。煌星、他にも隠された兄弟がいるんじゃね?」
ラシェッドはあきれているようだった。
「小松は花と異母姉妹だと誤解しているんだな。本当は父親が違う、異父姉妹だ。黒川にいたことを知らないのかもしれない。今の話だと、藍野家に恨みを持っていても不思議じゃないな。小松を産んだ後、母がすぐ死んでいて、施設に入れられただなんて」
「塔の上で女生徒と一緒にいたのは小松で間違いないよな。消去法だけれど」
 ラシェッドと悠木の話に、煌星はついていけなかった。
「どういうことだ?」
 煌星が首をかしげると、ラシェッドも不思議そうに煌星を見つめた。
「動機ができたわけだろう」
 煌星はまだわからなかった。
「小松が花の家に恨みを持っていることが、どうして小松が女生徒を殺す動機になるんだ?」
 ラシェッドと悠木は顔を見合わせた。どうやら煌星は、ひとりだけ理解していない事に気づいた。奇妙な空気が流れた。
 その時、教室のドアが開いた。三人は一斉にドアを見つめた。
 ユリアだった。バレエのレオタード姿だったので、煌星は目のやり場に困った。ユリアは気にせず、惜しげもなく完璧な肢体をさらして、腰に手をかけて立っている。
「ラシェッド、ここにいたの。煌星もいるのね、ちょうどいいわ、花しらない?」
「さあ、知らないけれど、どうしたの」
 煌星は、何かが胸の下からドキッとつきあげてきたのを感じた。あえて考えないようにしていた、夜の林の中での花との出来事を思い出して、雑音が響いているかのように心がざわざわとした。それと同時に心の奥のほうから、蝋燭を灯して冷たくなった指先を溶かすような、じわじわとした温かい感情も生まれてくる。
「アレックスたちダンスグループの子たちが探していたから」
「小松と一緒なんじゃないか」
「そうね、じゃあ寮か食堂にいるかな」
 ユリアはきょとんとこちらを見た。ユリアの様子につられて、煌星もラシェッドと悠木を見やる。二人は困惑した顔で、ユリアと煌星を見ていた。
「どうしたんだ?」
 煌星が尋ねると、悠木が口を開いた。幽霊でも見たような顔をしている。
「君たち、おかしいよ。不気味だ。それとも、僕がおかしいのか? いったい、誰の話をしているんだ?」
 ラシェッドも頷いた。
「いや、悠木。僕もおかしいと思う」
 煌星はユリアを見た。ユリアも二人の言うことがわからず困惑していた。
「どういうこと? 何を言ってるの?」
「花っていう女生徒の話をしているんだろう? 藍野花のことだよね?」
 ラシェッドは手を口に当て、言い淀んだ。
「だって彼女は」
 ラシェッドが次に言った言葉に、煌星とユリアは絶句した。