十四
「お母さんのこと、残念だったな」
煌星とラシェッドと悠木は、ラシェッドがダンスの練習に使っていた教室に集まっていた。煌星が招集したのだった。ラシェッドと悠木は煌星が何のために実家へ戻っていたか察しているようで、煌星を気遣っているようだった。ラシェッドの言葉に煌星は頷いただけで、悠木に確認した。
「厄災のことは何か分かった?」
「何人かに聞き込みをしてきたよ。テープがあるから、二人に聞いてほしい」
「ああ。誰に聞いたんだ?」
「五感にまつわる五人さ」
悠木はボイスレコーダーを取り出すと、三人の真ん中に置いた。祝福の作用する五感。かぐ、聞く、見る、味わう、ふれる。女生徒が死んだあの時、それらに関係する五人に悠木は聞き込みをしたらしい。
「最初の一人は回廊に咲く白玉木蓮の世話をしていた四年男子。“かぐ”だ」
レコーダーのスイッチを入れると、ジジ、とテープが回り始めた。悠木の声は聞こえにくい。男子生徒の声だけテープから再生される。
「いや、園芸クラスに来客なんて珍しいな。ああそうだよ、今年は僕があの白玉木蓮を咲かせたんだ。よく名前、知っていたね。ほかの生徒たちはあれが何の花なのか知らないと思っていた。他にはトキワレンゲとか夜香木蓮とかマグノリア・ココとか呼ばれているね。だいたい二メートルから三メートルくらいになる低木で、白く可憐な花が咲く。ちょうど今年はプロムの時に咲いていたね、見てくれた? その名の通り夜に咲き、香る花だよ。この世に良い香りを放つ植物は沈丁花とか薔薇とか金木星とかいろいろあるけれど、白玉木蓮もマイナーだけど強く香る花の一つだね。熟したメロンみたいな芳香がしていただろう? え? ああ、僕は祝福を使っていないよ。だけどあの白玉木蓮は園芸クラスの中ではいわくつきの花なんだ。古の祝福が連綿と生きている、ってね。この古城が王宮として使われていた最後の時、前朝最後の王女が植えたと言われているんだよ。革命に散った王家の花さ。古の祝福持つ高貴な血筋の姫君は、いったいどんな祝福をしたのか。はたまた厄災か。あの白玉木蓮は悲劇の王女の最後の祝福として伝説になっているのさ。だけど実際、白玉木蓮の寿命は十年ほどだから、先輩の誰かが勝手にそんな伝説を作ったのかもしれないな。でも植え替えたという話も聞かないし、ね。君はどう思う? あの花は本当に幾百年もあそこでずっと城の行く末を見守ってきたのかな?」
悠木はテープを止めた。
「この先も草木の話ばかりだよこの人は。だけど白玉木蓮と祝福の話はおもしろいよね。次は学校の食堂に努める四十過ぎの女性だ」
また、ジジ、とテープが回る。
「忙しいんだよ、まあ、ちょっとならいいけど、一体あたしに何の用? ん? ああ、この学校で出る食事はみーんなあたしたちが作ってるのさ。あたしはパン担当。中等部のプラム? ああ、もちろんそん時だってあたしたちが作ったよ。さあねえ、あたしたちは祝福なんて習ったことは無いからね、ほら、ここで働くのは近くの貧民街や旧市街出身が多いから。あたしがあとちょっと祝福が強ければ、特待生としてこの学校で学べたかもしれないね。村では、あたしより祝福が強いやつはいなかった。どうやって祝福をのせるのかって? ふふ。特別に教えてやろうかね。あたしはパン作りには並々ならぬこだわりがあるのさ。もちろん酵母から手作り。あんた、どうやって酵母をつくるか、酵母が何からできているか知っているか? 祝福と一緒さ。なんでもあり。酵母はあらゆるものからつくることができる。チョコレートだってニンジンの皮からだってパンの酵母は作れるのさ。清潔な瓶に、そういうタネと水を入れて、ちょっと餌に糖分を加えておく。それだけでいい。あとは待てば出来上がり。近くに変な菌を一緒において置いちゃいけねえよ。たとえばヨーグルトとかさ。乳酸菌とか、あと酢酸菌も、強いんだ。瓶の中にもいろんな菌がいるわけだけどさ、その中で一番強い菌が制圧権を得る。清潔な瓶を使ったりするのはそれでだよ。パンの菌が一番強くなるようにしてやるのさ。そうやってパンをつくる菌を育てて、焼いているんだよ。知らなかっただろう。でもあたしが育てている酵母はあたしが最初から育てたわけじゃない。もうあんたが生まれるずーっと前から、先人たちから受け継がれてきたこの城に伝わる酵母だよ。あたしは、酵母の元気がなくなってきたら、瓶のふたを開けて、餌と祝福を入れてやる。そうやってずーっとつぎ足しているのさ。どのくらい前? そんなこと知らないよ。タネは何かって? それは企業秘密ってやつさ。ヒントをやろう、この城の中で採取できるものだ。中庭にある……白玉木蓮? ふふ。さあねえ、秘密だから。あんた何でこんな話を聞きに来たんだい? さ、そろそろ帰った帰った。発酵が終わるんだ。夕食に出す生地の様子をみなきゃならない。今晩はライ麦と胡桃と無花果のはいったカンパーニュを焼いて、林檎の甘煮を手織りパイで包むんだ」
悠木はテープを止める。ラシェッドが感心した。
「せかせかしたよくしゃべるおばさんだな。しゃべってる間も手を動かしてるのが見えるようだ」
「うん、パン生地を丸めてたね。これが“味わう”。次は用務員六十歳男性。“きく”」
悠木はスイッチを押す。
「ああ。今年で勤めて四十五年になる。鐘楼の金を鳴らすのは俺の仕事だ。他? 森や林、校舎の管理だな。何せ古い城だ。あっちこっちに直さにゃならん箇所がある。直したと思ったらやんちゃな坊主どもがまた壊す。その繰り返しだ。何か気になること? さあな、膝が痛くて、最近は鐘楼のある塔へ上るのも一苦労だ。あんた、学生なんだろ。この膝の痛みを和らげるような祝福は知らんかね。そうしたら面白い話をしてやろう。鐘楼の鐘の音の怪談じゃ。いつも鐘は三回鳴る。朝の六時、昼の十二時、夜の六時。三回を三回だ。だけど時々四回鳴る時がある。ボーン、ボーン、と伸びた鐘の音を、何回鳴るか決して数えてはいけない。数えたらどうなるか? 四回鳴るのを数えてしまったものには、背後に忍び寄る、黒い影……振り返ると、それは死! こんな話を聞いたことがあるじゃろう? まったく馬鹿げとる。時々何回ならしたか忘れちまって、四回鳴るだけさ。なにせ、いつもわしが鳴らしとるんじゃからのう。はっは。確かに、あのプラムの夜は、四回鳴らしてしもうたかもしれんのう」
「あとでこのおじいさんに痛風の薬と祝福セットを届けることになったよ。ちなみに、この鐘は古の祝福によってつくられたらしい」
悠木はスイッチを押す。一瞬ためらったように見えたが次を流した。
「次は元中等部生徒会長。“みる”だね。招待状をつくった元生徒会を訪ねてみた」
ガタガタ、という物音からテープは始まった。
「あんっ、やだ、恥ずかしいところを見られちゃったわね。内緒よ? ちょっとまって、今髪を結うわ。それからほら、これね、眼鏡。どお? これでみんなの真面目な元生徒会長さんよ。今は高等部の生徒会で書記をしてるわ。うふふ。別人みたいでしょう? 時々ああして髪をほどいて眼鏡をはずして、それからスカートなんてこんなに短くしちゃってね、詰襟のボタンもふたつほど外してみるの。そうすると誰もあのさえない地味なおさげな子だとは気づかないわけ。今の顔を隠して出て行った人? いいえ恋人というわけではないわね、さっきのはわたしの通り魔的犯行。だから、内緒よ? で、君は何を聞きに来たのかな? ああ、プラムの招待状のこと。確かに生徒会で作ったわね。プラムの企画運行は生徒会でしていたから。招待状に祝福? ええ、少しだけよ。ほんの香る程度。女の子が便せんに香水の香りをうつしておくのと似たような、些細な祝福だけね。招待状に印刷された模様が祝福されているわ。だけど印刷して大量生産するとまた祝福が弱まるでしょう? 気づかなかったとしても仕方がないレベルね。あ、ねえあなた。よく見ると可愛い顔してるのねえ! さっきの内緒の、口止め料がいるかしら? ふふ、怖がらなくてもいいのよ、逃げなくてもいいじゃないこっちに来て」
そこで悠木は強制終了した。ラシェッドが不満そうに声を上げた。
「なんだよ、続きが気になるじゃないか。それにけしからん元生徒会長だな」
悠木は赤くなっている。
「てか、あれっ? もしかしてその女の子って、髪の毛がウェーブになってて、色白の? もしかしたら遭遇したことあるかも。うわー、元生徒会長だったのか?」
「げ、ラシェッド。ユリアに口きいてもらえなくなるんじゃない」
「ユリアと付き合う前の話だよ」
「次に行こう」
煌星が先を促した。悠木は頷いた。
「お母さんのこと、残念だったな」
煌星とラシェッドと悠木は、ラシェッドがダンスの練習に使っていた教室に集まっていた。煌星が招集したのだった。ラシェッドと悠木は煌星が何のために実家へ戻っていたか察しているようで、煌星を気遣っているようだった。ラシェッドの言葉に煌星は頷いただけで、悠木に確認した。
「厄災のことは何か分かった?」
「何人かに聞き込みをしてきたよ。テープがあるから、二人に聞いてほしい」
「ああ。誰に聞いたんだ?」
「五感にまつわる五人さ」
悠木はボイスレコーダーを取り出すと、三人の真ん中に置いた。祝福の作用する五感。かぐ、聞く、見る、味わう、ふれる。女生徒が死んだあの時、それらに関係する五人に悠木は聞き込みをしたらしい。
「最初の一人は回廊に咲く白玉木蓮の世話をしていた四年男子。“かぐ”だ」
レコーダーのスイッチを入れると、ジジ、とテープが回り始めた。悠木の声は聞こえにくい。男子生徒の声だけテープから再生される。
「いや、園芸クラスに来客なんて珍しいな。ああそうだよ、今年は僕があの白玉木蓮を咲かせたんだ。よく名前、知っていたね。ほかの生徒たちはあれが何の花なのか知らないと思っていた。他にはトキワレンゲとか夜香木蓮とかマグノリア・ココとか呼ばれているね。だいたい二メートルから三メートルくらいになる低木で、白く可憐な花が咲く。ちょうど今年はプロムの時に咲いていたね、見てくれた? その名の通り夜に咲き、香る花だよ。この世に良い香りを放つ植物は沈丁花とか薔薇とか金木星とかいろいろあるけれど、白玉木蓮もマイナーだけど強く香る花の一つだね。熟したメロンみたいな芳香がしていただろう? え? ああ、僕は祝福を使っていないよ。だけどあの白玉木蓮は園芸クラスの中ではいわくつきの花なんだ。古の祝福が連綿と生きている、ってね。この古城が王宮として使われていた最後の時、前朝最後の王女が植えたと言われているんだよ。革命に散った王家の花さ。古の祝福持つ高貴な血筋の姫君は、いったいどんな祝福をしたのか。はたまた厄災か。あの白玉木蓮は悲劇の王女の最後の祝福として伝説になっているのさ。だけど実際、白玉木蓮の寿命は十年ほどだから、先輩の誰かが勝手にそんな伝説を作ったのかもしれないな。でも植え替えたという話も聞かないし、ね。君はどう思う? あの花は本当に幾百年もあそこでずっと城の行く末を見守ってきたのかな?」
悠木はテープを止めた。
「この先も草木の話ばかりだよこの人は。だけど白玉木蓮と祝福の話はおもしろいよね。次は学校の食堂に努める四十過ぎの女性だ」
また、ジジ、とテープが回る。
「忙しいんだよ、まあ、ちょっとならいいけど、一体あたしに何の用? ん? ああ、この学校で出る食事はみーんなあたしたちが作ってるのさ。あたしはパン担当。中等部のプラム? ああ、もちろんそん時だってあたしたちが作ったよ。さあねえ、あたしたちは祝福なんて習ったことは無いからね、ほら、ここで働くのは近くの貧民街や旧市街出身が多いから。あたしがあとちょっと祝福が強ければ、特待生としてこの学校で学べたかもしれないね。村では、あたしより祝福が強いやつはいなかった。どうやって祝福をのせるのかって? ふふ。特別に教えてやろうかね。あたしはパン作りには並々ならぬこだわりがあるのさ。もちろん酵母から手作り。あんた、どうやって酵母をつくるか、酵母が何からできているか知っているか? 祝福と一緒さ。なんでもあり。酵母はあらゆるものからつくることができる。チョコレートだってニンジンの皮からだってパンの酵母は作れるのさ。清潔な瓶に、そういうタネと水を入れて、ちょっと餌に糖分を加えておく。それだけでいい。あとは待てば出来上がり。近くに変な菌を一緒において置いちゃいけねえよ。たとえばヨーグルトとかさ。乳酸菌とか、あと酢酸菌も、強いんだ。瓶の中にもいろんな菌がいるわけだけどさ、その中で一番強い菌が制圧権を得る。清潔な瓶を使ったりするのはそれでだよ。パンの菌が一番強くなるようにしてやるのさ。そうやってパンをつくる菌を育てて、焼いているんだよ。知らなかっただろう。でもあたしが育てている酵母はあたしが最初から育てたわけじゃない。もうあんたが生まれるずーっと前から、先人たちから受け継がれてきたこの城に伝わる酵母だよ。あたしは、酵母の元気がなくなってきたら、瓶のふたを開けて、餌と祝福を入れてやる。そうやってずーっとつぎ足しているのさ。どのくらい前? そんなこと知らないよ。タネは何かって? それは企業秘密ってやつさ。ヒントをやろう、この城の中で採取できるものだ。中庭にある……白玉木蓮? ふふ。さあねえ、秘密だから。あんた何でこんな話を聞きに来たんだい? さ、そろそろ帰った帰った。発酵が終わるんだ。夕食に出す生地の様子をみなきゃならない。今晩はライ麦と胡桃と無花果のはいったカンパーニュを焼いて、林檎の甘煮を手織りパイで包むんだ」
悠木はテープを止める。ラシェッドが感心した。
「せかせかしたよくしゃべるおばさんだな。しゃべってる間も手を動かしてるのが見えるようだ」
「うん、パン生地を丸めてたね。これが“味わう”。次は用務員六十歳男性。“きく”」
悠木はスイッチを押す。
「ああ。今年で勤めて四十五年になる。鐘楼の金を鳴らすのは俺の仕事だ。他? 森や林、校舎の管理だな。何せ古い城だ。あっちこっちに直さにゃならん箇所がある。直したと思ったらやんちゃな坊主どもがまた壊す。その繰り返しだ。何か気になること? さあな、膝が痛くて、最近は鐘楼のある塔へ上るのも一苦労だ。あんた、学生なんだろ。この膝の痛みを和らげるような祝福は知らんかね。そうしたら面白い話をしてやろう。鐘楼の鐘の音の怪談じゃ。いつも鐘は三回鳴る。朝の六時、昼の十二時、夜の六時。三回を三回だ。だけど時々四回鳴る時がある。ボーン、ボーン、と伸びた鐘の音を、何回鳴るか決して数えてはいけない。数えたらどうなるか? 四回鳴るのを数えてしまったものには、背後に忍び寄る、黒い影……振り返ると、それは死! こんな話を聞いたことがあるじゃろう? まったく馬鹿げとる。時々何回ならしたか忘れちまって、四回鳴るだけさ。なにせ、いつもわしが鳴らしとるんじゃからのう。はっは。確かに、あのプラムの夜は、四回鳴らしてしもうたかもしれんのう」
「あとでこのおじいさんに痛風の薬と祝福セットを届けることになったよ。ちなみに、この鐘は古の祝福によってつくられたらしい」
悠木はスイッチを押す。一瞬ためらったように見えたが次を流した。
「次は元中等部生徒会長。“みる”だね。招待状をつくった元生徒会を訪ねてみた」
ガタガタ、という物音からテープは始まった。
「あんっ、やだ、恥ずかしいところを見られちゃったわね。内緒よ? ちょっとまって、今髪を結うわ。それからほら、これね、眼鏡。どお? これでみんなの真面目な元生徒会長さんよ。今は高等部の生徒会で書記をしてるわ。うふふ。別人みたいでしょう? 時々ああして髪をほどいて眼鏡をはずして、それからスカートなんてこんなに短くしちゃってね、詰襟のボタンもふたつほど外してみるの。そうすると誰もあのさえない地味なおさげな子だとは気づかないわけ。今の顔を隠して出て行った人? いいえ恋人というわけではないわね、さっきのはわたしの通り魔的犯行。だから、内緒よ? で、君は何を聞きに来たのかな? ああ、プラムの招待状のこと。確かに生徒会で作ったわね。プラムの企画運行は生徒会でしていたから。招待状に祝福? ええ、少しだけよ。ほんの香る程度。女の子が便せんに香水の香りをうつしておくのと似たような、些細な祝福だけね。招待状に印刷された模様が祝福されているわ。だけど印刷して大量生産するとまた祝福が弱まるでしょう? 気づかなかったとしても仕方がないレベルね。あ、ねえあなた。よく見ると可愛い顔してるのねえ! さっきの内緒の、口止め料がいるかしら? ふふ、怖がらなくてもいいのよ、逃げなくてもいいじゃないこっちに来て」
そこで悠木は強制終了した。ラシェッドが不満そうに声を上げた。
「なんだよ、続きが気になるじゃないか。それにけしからん元生徒会長だな」
悠木は赤くなっている。
「てか、あれっ? もしかしてその女の子って、髪の毛がウェーブになってて、色白の? もしかしたら遭遇したことあるかも。うわー、元生徒会長だったのか?」
「げ、ラシェッド。ユリアに口きいてもらえなくなるんじゃない」
「ユリアと付き合う前の話だよ」
「次に行こう」
煌星が先を促した。悠木は頷いた。
