ハナノユメ



 煌星とラシェッドは空き教室の隅に集まって、悠木の調べ上げた女生徒落下事件の話を聞いていた。
「三年の生徒が、パーティの最中に二人の女生徒が塔に登る階段をあがっていくのをみている。どうやら東の地の生徒が犯人だというのは、その男子生徒が噂の出所らしい。東の地特有の黒髪と華奢な体つきの外見だったから、そう思ったみたいだね。それから、中等部のブローチがついていたのを見たらしい。中等部は銀色、高等部はカメオだから、遠目にも間違えることは無いだろう」
「だけど中等部のブローチをわざとつけていたら? それに黒髪はたしかに東の地の者の大半の特徴だけれど、他の地域にもいるだろ?」
 ラシェッドが口を挟んだ。
「うん。それで、まず手始めに、亡くなった女生徒と関わりのあった生徒で、中庭にいなかった生徒を地道に探してみたんだ。あと、ほとんど元三年は学年末パーティに参加していただろう。だから、関りがあったかどうかは関係なく中庭にいなかった元三年も含めた。そうしたら、該当するのは四人いた」
「関わりのあった生徒って、よくわかったな」
「そのあたり、僕は役人より詳しいと思うんだ」
 悠木がばつが悪そうに言葉を濁したので、煌星が不思議に思うと、ラシェッドが答えた。
「岡惚れだったのさ、この奥手くんは。並々ならぬ探求心でもって、彼女を見守っていたわけ」
「まるでストーカーみたいに言わないでよ」
 しかし悠木は心やましいことがあるのか、ラシェッドと煌星の視線に耐え切れず捨て鉢に言った。
「わかったよ、ほとんどストーカーさ。引いた? だけど彼女に嫌な思いをさせたことはないよ。ただ見てただけ。気づかれてもないと思う。いつか話しかけようと思ってたんだ。それが三年経っただけで」
 控えめに言えば、花みたいなものかな、と煌星は思った。花も、ラシェッドのことをこっそりいつも見ていた。悠木は真っ赤になっているので、煌星は気の毒になって話を進めた。
「気を取り直そう。それで、女生徒と関係があった他学年と、元三年全員のうち、かつ中庭にいなかった四人って誰なんだ?」
 悠木はほっとしたようで、咳払いをすると話し始めた。
「二人は男子生徒だから却下。ていうか僕とラシェッドなんだけど、僕は体調を崩して保健室で寝ていただろ? バイオリンを弾く予定だったのに。だから煌星とかわってもらった。ラシェッドはダンスクラブの先輩の部屋にいたね。もう一人は高等部の女生徒だけど、金髪の大柄な子で、目撃された容姿とあわない。最後の一人は、同学年で、黒髪で、華奢な女生徒だ」
「誰だ?」
「柳井小松」
 悠木が探してきた容疑者は、小松だった。煌星は、複雑な気持ちだった。
「男子生徒に小松を見てもらったよ。そうしたら、見かけた子に似ているって」
「待て、信ぴょう性は確かかな。藍野花も、含めなくていいのか? 元三年で、黒髪で、華奢で、中庭にいなかっただろう」
「含める必要があるかな?」
 煌星は黙った。あの花が、誰かを塔から突き落とすだなんて、そんなことをできるはずがない。しかし、知り合いだからと言ってはなから容疑者から外すのはどうだろうか。
「藍野花と柳井小松は姉妹らしいね」
「なんだって?」
 煌星は聞き返した。
「小松のことを調べたら、そういうことになってた。異母姉妹っていうのかな」
「いや、そんなはずはない」
 煌星は思わず断言した。ラシェッドと悠木は訝しげに煌星を見た。
「なんで?」
 煌星は言いよどんだ。
小松のことはずっと前から知っていた。あのピアノを聞く前から。それはある可能性があって、存在を認識していただけだったけれど。あのピアノを聞くまでは、たいして興味がなかった。だけどあれを聞いた時から、小松に興味を抱くようになった。もう少し近づいて、話してみたいと思うようになった。
花は、煌星が小松に恋愛感情があると思っている。だけれど、他に言いようがなかったからそうしておいただけだ。
「それについては、ちょっと待ってくれ。確かめるから。家に手紙を書く」
 そう言って煌星は、カバンからノートを取り出し、一枚破った。ペンを走らせる。ラシェッドがのぞき込んできた。
「母さんへ。手紙ありがとう。元気でやっています。では。煌星。素っ気なさすぎないか? っていうか、お母ちゃんに手紙を書くことと何が関係あるんだよ」
「うるせえな。関係については、まだ確かじゃないから、返事が来るまで待ってくれ」
ラシェッドと悠木から手紙が見えないように、体勢をずらした。実家へ手紙を書くならば、母への返信を外すのはさすがに憚られた。母への初めての返事とは別に、もう一枚。病んだ母の世話をしている、煌星の乳母でもあった使用人にあてた手紙を書いた。こちらが本命だ。煌星が手紙を書いている間、ラシェッドと悠木は話を進めた。
「厄災のことはまだ何もわからない」
「僕は厄災が関係しているとは思わないけどな」
「直接落下に関係しているとは僕も思っていないよ。だけどなんか引っかかるんだ」
「証言が違う、なんて言っていたね」
「そうなんだよ。なんか、曖昧なんだ。彼女のことを知っていたはずなのに、どこか距離を置いて話す。仲が良かったのにだよ。まるで初めから知らなかったかのように。女子同士の友情なんてそんなものなのかな。だけど中庭にいなかった知り合いに、そういった曖昧さは見当たらなかったんだ」
「そうすると中庭にいる人だけに厄災にかけられたことになる。煌星、なにか気になることは無かった?」
「んー、悠木の代わりに弦楽四重奏に入ってたからな、よくわからない」
「煌星が弾いていたなら、耳に響く音楽ではないな。祝福は五感で作用する。聞く、見る、かぐ、味わう、ふれる。考えられるのは立食形式になっていた料理、でもこれは中庭にいなかった生徒も食堂で食べているだろう。香りは?」
「あの時期、中庭は花の匂いがするよね」
「白玉木蓮だね。だけどあれはずっと中庭にあるから、厄災とは関係ないんじゃないかな」
「中庭にいるものがすべてふれたもの。それか、見たもの。ってことになるな」
「これは中庭にいた人たちに地道に聞いてみるよ。何か見えてくるかも」
「そうだな」
 ラシェッドと悠木は考え込むように黙った。これ以上、女生徒の落下事件に関して話すことはなさそうだった。
話題は学期末に開催される発表会の選考にうつった。
「ラシェッドはソロで出るの?」
「ああ、もちろん。卒業後もそれでやっていこうと思っているし」
「悠木はずっと所属している弦楽四重奏か」
「うん、そうだね。煌星は? ソロでやるの?」
「いや、俺はピアノ伴奏を頼もうと思っているんだ」
「誰と?」
「柳井小松」
「犯人だったらどうするんだ」
「自然と探りを入れられるだろう? だけどそれが理由じゃない。純粋に彼女のピアノに興味がある」
「確かに腕は一流のようだよな、ひょっとしたら煌星、伴奏だなんて、食われちゃうんじゃないの?」
「そうならないように祈るよ」
「余裕だなあ、黒川煌星様は」
 茶化してくるラシェッドに取り合わず、煌星は、書き終わった手紙を折りたたみ、紐と蝋で封をした。ラシェッドがそれを見て苛立たし気に言う。
「外の世界では便利な器具が発達しているというのに、ルーセは遅れているよな」
「電子機器は極力制限されているからね」
「悠木の親は官僚だろ、いったいルーセをどうするつもりかね」
「いまのところ、古来より守ってきた“祝福を秘め隠す”ために鎖国気味の外交を変える気はないようだね、これは両親からじゃなく新聞を読むにつけ、だけど。古の強力な祝福によりルーセは他国から隠れてこられたけれど、そうも言っていられなくなっているんじゃないかな」
「オカシな宗教国家だって世界に認知される日もそう遠くないわけだ」
「ラシェッド。きみ、それ教授たちの前で言ったら卒業できなくなるよ」
「わかってるさ。だけど僕はこの小さな世界にとどまるつもりはないよ。いずれ出ていくんだ」
 やはり、ラシェッドはそういうつもりなのかと、煌星が薄々感じていた予想は当たった。祝福は血に宿る。ルーセのすべての子どもがこうして祝福の力を学校で学べるわけではない。ルーセの民の半分近くは、学ぶほど祝福が扱えないのだ。そのうちのほとんどが平民や貧民街出身の人々である。貧民街出身のラシェッドは、異例中の特待生としてこの学校への入学が許可されたのだ。ルーセの血統主義や、卒業後の身分差別をラシェッドは嫌っていた。いつか出て行ってしまうのではないかと思っていたのだ。
「柳井小松が組んでくれるといいけれど」
「なんだ、まだ打診してなかったのかよ? 選考までに間に合うのか」
「うん、まあ、組んでくれなかったらソロでやるか、今回はパスするよ」
 煌星は発表会で良い成績を残す必要はなかった。そうしなくとも、四家の嫡男は良くも悪くも卒業後の人生は決まっていた。煌星はそれに抗う気力はなかった。
 窓から校庭を見下ろすと、数人の女生徒がダンスの練習をしているのが見えた。花もいる。楽しそうに笑う花を見ていたら、煌星はささくれ立っていた気持ちが幾分和むのを感じた。