授業後、廊下を歩いていると、ふと窓の外に見えた光景に足を止めてしまった。校庭をあるいているのはユリアとラシェッドだ。なんとなく立ち止まって、ふたりを眺めた。遠目にも栗色の波打つ豊かな髪の毛と輝くような笑顔、すらりとした肢体がよくわかる。隣を歩くラシェッドも背が高くしなやかで筋肉質な体躯をしていて、絵に描いたような恋人同士だった。夕陽できらきらしている。
目が離せなくなっていると、急に目の前が真っ暗になった。いきなり消えた景色にびっくりして飛び跳ねそうになる。誰かが目を覆ったのだとわかるまで、数秒かかった。
「だ、だれ?」
目を覆う手を掴んでみたら、男の人の片手だということがわかった。大きな手は、すっぽりと花の両目を覆い隠している。そこで、犯人が誰か気づいた。こんなことする男子なんて、煌星しかいない。
「煌星?」
手を外しながら振り返ると、やはりそこには煌星が立っていた。いきなりなにするの、なんて文句のひとつでも言おうと思ったけれど、煌星がやけに神妙な顔をしているのに気づいて、少し戸惑ってしまった。煌星の表情と、今まで見ていたものを合わせてみる。校庭では、ラシェッドとユリアがふたりで仲良く歩いている。心配してくれたのかな。そんな煌星のやさしさに、じんわり暖かいものがからだに広がっていった。
「あのね、もう大丈夫だよわたし」
「そうは見えなかったけど」
「うーん、やっぱり複雑だけど、あんな風になりたいなって憧れの方が強いよ」
「ユリアとラシェッドみたいに?」
「うん。だって、ふたり、楽しそうで、お似合いだなって思うもん」
そう言ったら、煌星はやっと笑ってくれた。
「そのうち彼氏くらいできるよ、花ならさ」
「あれ、いつもわたしのことバカにしてるくせに」
「あれは愛情の裏返し」
煌星は窓の桟に肘を突きながら、にひひ、と笑う。花は恥ずかしくなって、思わず顔を背けた。どうしてこういうこと、さらっと言えるのかな、煌星は。
廊下を、生徒達の雑音が通り過ぎてゆく。窓の桟にもたれながら、綺麗な青空に浮かぶ雲をみあげた。
「それはそうと、煌星はどうなの。今朝、小松さんといい感じだったけど」
「あー、そうだな」
「好きなら、行動あるのみ。なんでしょ? うかうかしてると、わたしみたいになっちゃうよ。小松さん狙ってる人多いんだから」
「うそ、誰?」
「少なくとも先輩たちには、小松さん、人気だよ。小松さんと一緒にいるとわかるんだけど、熱い視線を感じるもん」
それに小松が気づいているであろうところが、小松の恐ろしいところだ。もしかしたら煌星の気持ちなんてとっくにお見通しかもしれない。わからないけれど。
「まあ、俺意外にも小松さんの良さを気づいているヤツがいても、不思議ではないんだけどさ」
「わたしは煌星に小松さんが扱えるか不安だよ。小松さんは、一筋縄じゃいかないよ。なんていうのか、悟ってるっていうか、心してかからないと」
「はあ? 小松さんはそんな人じゃないだろ」
煌星の顔を見て、クスリと笑ってしまった。煌星って、意外と、女の子に夢見るタイプなのかな。
「まあ、頑張って」
「なんだよそれ、どういうことだよ。おいちょっと、花。花のくせに生意気だぞ」
歩き出したわたしに、煌星が突っかかりながらついてくる。
「いいよ、小松さんと付き合っても、ヤキモチ焼くなよ」
「焼かないよ。煌星みたいな意地悪な人は嫌です」
「うそだね、絶対寂しがるよ、花」
「寂しくないもん。そのうちわたしだって素敵な人見つけるんだから」
「花じゃ無理だな。華がない」
「なによ、さっきは花ならすぐできる、みたいなこと言ったのに。煌星なんて小松さんに振られちゃえ」
「ひどっ! それ、今まで協力してきた友人に言う言葉?」
「煌星じゃ小松さんに釣り合わない」
「言ってくれるな。後で泣き面かいても知らないからな」
「なんでわたしが泣くの」
そう言ったけれど、煌星は聞いていない。「みてろよ!」なんて言って、次の廊下を曲がっていってしまった。みてろよって、なによ、それ。変なの。花はひとり廊下に残されて、後ろから来た生徒の波に飲み込まれる。
変なのは、わたしの方かもしれない、と花は思う。ひとつの事実が、花のぽっかり空いた胸のなかで、わだかまる。煌星が、小松さんと付き合ったら。胸がつっかえたようだ。自分からけしかけたのに、どうして、こんな気分になるのだろう。一体どうしてしまったのだろう。
花は、その姿が完璧に雑踏の中に消えてしまうまで、廊下に立ち尽くしたまま、煌星の背中を追っていた。煌星が触れた瞳があつい。
きっと、煌星とも小松とも仲が良いから、やっぱり少し寂しいのだ。花はそう思い込んで、気づきつつある思いに蓋をした。そう思い込まなければ、どうしようもなかったから。
目が離せなくなっていると、急に目の前が真っ暗になった。いきなり消えた景色にびっくりして飛び跳ねそうになる。誰かが目を覆ったのだとわかるまで、数秒かかった。
「だ、だれ?」
目を覆う手を掴んでみたら、男の人の片手だということがわかった。大きな手は、すっぽりと花の両目を覆い隠している。そこで、犯人が誰か気づいた。こんなことする男子なんて、煌星しかいない。
「煌星?」
手を外しながら振り返ると、やはりそこには煌星が立っていた。いきなりなにするの、なんて文句のひとつでも言おうと思ったけれど、煌星がやけに神妙な顔をしているのに気づいて、少し戸惑ってしまった。煌星の表情と、今まで見ていたものを合わせてみる。校庭では、ラシェッドとユリアがふたりで仲良く歩いている。心配してくれたのかな。そんな煌星のやさしさに、じんわり暖かいものがからだに広がっていった。
「あのね、もう大丈夫だよわたし」
「そうは見えなかったけど」
「うーん、やっぱり複雑だけど、あんな風になりたいなって憧れの方が強いよ」
「ユリアとラシェッドみたいに?」
「うん。だって、ふたり、楽しそうで、お似合いだなって思うもん」
そう言ったら、煌星はやっと笑ってくれた。
「そのうち彼氏くらいできるよ、花ならさ」
「あれ、いつもわたしのことバカにしてるくせに」
「あれは愛情の裏返し」
煌星は窓の桟に肘を突きながら、にひひ、と笑う。花は恥ずかしくなって、思わず顔を背けた。どうしてこういうこと、さらっと言えるのかな、煌星は。
廊下を、生徒達の雑音が通り過ぎてゆく。窓の桟にもたれながら、綺麗な青空に浮かぶ雲をみあげた。
「それはそうと、煌星はどうなの。今朝、小松さんといい感じだったけど」
「あー、そうだな」
「好きなら、行動あるのみ。なんでしょ? うかうかしてると、わたしみたいになっちゃうよ。小松さん狙ってる人多いんだから」
「うそ、誰?」
「少なくとも先輩たちには、小松さん、人気だよ。小松さんと一緒にいるとわかるんだけど、熱い視線を感じるもん」
それに小松が気づいているであろうところが、小松の恐ろしいところだ。もしかしたら煌星の気持ちなんてとっくにお見通しかもしれない。わからないけれど。
「まあ、俺意外にも小松さんの良さを気づいているヤツがいても、不思議ではないんだけどさ」
「わたしは煌星に小松さんが扱えるか不安だよ。小松さんは、一筋縄じゃいかないよ。なんていうのか、悟ってるっていうか、心してかからないと」
「はあ? 小松さんはそんな人じゃないだろ」
煌星の顔を見て、クスリと笑ってしまった。煌星って、意外と、女の子に夢見るタイプなのかな。
「まあ、頑張って」
「なんだよそれ、どういうことだよ。おいちょっと、花。花のくせに生意気だぞ」
歩き出したわたしに、煌星が突っかかりながらついてくる。
「いいよ、小松さんと付き合っても、ヤキモチ焼くなよ」
「焼かないよ。煌星みたいな意地悪な人は嫌です」
「うそだね、絶対寂しがるよ、花」
「寂しくないもん。そのうちわたしだって素敵な人見つけるんだから」
「花じゃ無理だな。華がない」
「なによ、さっきは花ならすぐできる、みたいなこと言ったのに。煌星なんて小松さんに振られちゃえ」
「ひどっ! それ、今まで協力してきた友人に言う言葉?」
「煌星じゃ小松さんに釣り合わない」
「言ってくれるな。後で泣き面かいても知らないからな」
「なんでわたしが泣くの」
そう言ったけれど、煌星は聞いていない。「みてろよ!」なんて言って、次の廊下を曲がっていってしまった。みてろよって、なによ、それ。変なの。花はひとり廊下に残されて、後ろから来た生徒の波に飲み込まれる。
変なのは、わたしの方かもしれない、と花は思う。ひとつの事実が、花のぽっかり空いた胸のなかで、わだかまる。煌星が、小松さんと付き合ったら。胸がつっかえたようだ。自分からけしかけたのに、どうして、こんな気分になるのだろう。一体どうしてしまったのだろう。
花は、その姿が完璧に雑踏の中に消えてしまうまで、廊下に立ち尽くしたまま、煌星の背中を追っていた。煌星が触れた瞳があつい。
きっと、煌星とも小松とも仲が良いから、やっぱり少し寂しいのだ。花はそう思い込んで、気づきつつある思いに蓋をした。そう思い込まなければ、どうしようもなかったから。
