七
ユリアに誘われて小さなダンスグループを訪れたのは冬の初めのころだった。鏡貼りの教室ではなく、校舎の外、窓を鏡にみたてて、空いたスペースで三人の中等部生徒は練習をしていた。ターニャという金髪の華やかな背の高い少女と、アリスという巻き毛をツインテールにした少女、それからアレックスというボーイッシュなショートカットの似合う少女で、それぞれ個性の際だつ可愛らしい少女たちであった。彼女たちの踊るダンスはキュートでポップ、ジャンルにとらわれないそれは新時代のものである。ひとしきり彼女たちの練習を見学した後、ユリアは「これだっ!」とひざを打ったのだった。
「どう、花? ここは。わたしは、花にぴったりだと思うの」
「みんな三年生なんだね。うれしいし、それに可愛いダンスで、楽しそう。でも、わたしが入ってもいいのかな?」
アレックスが答えた。澄んだアルトの声だ。
「入ってもらえるのはうれしいけれど、いいのかい? 教授連には受けが悪くて、講師もいないし、教室も使わせてもらえてない弱小グループだけど」
「花が入ってくれたら、あと一人で、練習に一部屋もらう資格ができるんだけどな」
というのは金髪のターニャで、ユリアに笑いかける。パッと花が咲いたようだ。
「旧時代のものよりも、これからは新しいことに挑戦していかなきゃ。閉鎖された国だからあまり外の世界の情報が入ってこないけれどさ、ルーセも変わりつつあるんだし」
アリスは唇を尖らせて、生意気そうな印象だ。ユリアは苦笑した。
「そう思うけれど、わたしはクラシックバレエを愛してるから、そっちで手一杯。でも、そうねえ、確かにあと一人、ミステリアスな雰囲気の子がいたら、よりそれぞれの個性が際立っていい感じかも。花、誰かそんな雰囲気の友達、いない?」
花は、ミステリアスといわれて小松を思い出した。
「いる、けど……小松さんは絶対入ってくれないと思う」
小松が、かわいらしい曲に合わせて笑顔で踊る姿は想像できなかった。
小松という言葉を聞いたターニャ、アレックス、アリスの三人は顔を見合わせた。その様子を不思議に思っていると、アレックスが説明してくれた。
「知らないのか? 小松は入れないほうがいい。あの事件の犯人だって噂されているんだ。ただでさえうちは教授たちに気に入られていないんだ。これ以上面倒ごとはごめんだよ」
「あの事件って、塔から女の子が落ちた? なんで小松が犯人なのよ」
花が驚いているうちに、ユリアがすぐに疑問を口にしてくれた。
「悠木ってやつが調べてて、消去法さ。学年末のパーティに中庭にいなかった元三年生のうち、東の地の出身はあいつだけだったらしい」
「わたしも東の地出身の三年生で、パーティにはいなかったよ? そんな噂、信用ならないんじゃないかなあ」
花の意見に、ユリアも頷いた。
「そうね。同じ学年の子が犯人だとも、東の地の出身の子が犯人だとも、そもそも自殺か他殺か事故かもはっきりした根拠はない、根も葉もないうわさでしょう?」
三人はまた顔を見合わせた。そして、アレックスが首を振った。このグループのリーダーはアレックスのようだった。
「真偽はともかく、そんな噂、イメージが悪いから。別に、どうしてももう一人ほしいわけじゃない。選考も間近だしね、四人でやっていこう。歓迎するよ、花」
アレックスは手を広げるしぐさで花を迎えた。
毎年この時期に選考を勝ち抜いた学生たちによる発表会が催される。発表者に選ばれれば来年度のグループに割り当てられる予算も増えるし、卒業後のアピールにもなった。
「ユリアのところのバレエクラスはもう決まっているようなものね。私たちも発表できるように頑張りましょ」
ターニャに手を取られて、花は頷いた。ターニャは、ふっくらとした女性らしいからだつきをしている。アレックスは筋肉質で小鹿のようにすっきり伸びた手足をしているし、アリスは花よりも華奢で小さい。本当にみんなバラバラだった。
ピアノを演奏するのは、練習も本番もずっとひとりだった。こうして友人たちと一つの目標に向かって協力したり努力することは、花にとって新鮮でわくわくするはじめての出来事だった。
しかし、花は先ほどの噂話が気になって、グループの一員になれたことを素直に喜べなかった。誰かが犯人探しをしていて、それが学校中に広まっている。小松が犯人だと噂されているだなんて、見過ごすことは出来なかった。
木曜日の一時間目、この時間の授業をとっていない生徒たちは、みなホールで自習をしている。先生はいないので、まだ受験生ではない花達の学年は、自習と銘打って友人とお喋りしているのが常だ。朝食をとった流れでそのままざわざわとした雰囲気が残っている。そんな中、花と小松は、机のはじっこで一緒に教科書とにらめっこをしていた。いつもだったら、花もこの時間は友人と一緒にお喋りしているだろう。けれど最近、ダンスグループの三人から小松の噂を聞かされて以来、花はなるべく小松と一緒にいるようにしていた。小松は一人でいることが多いから、悪いうわさが流れるのではないかと思ったのだ。
小松の影響で、花は宿題をちゃんとやる習慣がついてきた。でも、やるようになったからといって、わかるようになったとは限らない。花はペンをノートの上に放り投げると、腕をぐっと上にあげてのびをした。
「あー、わかんない。全然、わかんない。ねえ、小松さん、ここわかる?」
隣に座っている小松のレポートをのぞき込む。きちんと整えられた文字が規則的に並んでいた。花の全然知らない不可思議な文字だ。数字が沢山。
「宿題じゃないの? あれ、一般教養の理科のレポートの提出期限もうすぐじゃなかったっけ?」
「理科はもう終わったの。花は数学補強の授業はとってないの?」
「うん。とらなくて良かったって、いますごおく思ってる」
小松の仕上げているレポートを見下ろしながら、確信に満ちた声で言った。何が書いてあるのかさっぱりわからない。小松は少し呆れているようだ。
「面白いけどな。やってみればわかるわ」
「じゃあ、わからなくていいよ、一生」
「食わず嫌いなタイプね、花は」
「じゃあ小松さんは、どんなタイプなの」
「私? は、そうね、興味のあること意外は適当なタイプかな」
「それもどうなの」
小松はクスクス笑った。そうやって笑うと、歳相応に見える。怪しく微笑む小松もかっこいいけれど、そうやって笑う小松も可愛くて、好きだな、なんて思った。そんなことを思う自分に気づいて、苦笑いしてしまう。煌星に感化されてきてしまったかしら。でも小松に惹かれているのは事実だ。
「そうそう、それで、小松さん。この記述なんだけどさ」
「説明するの面倒くさいから、私のレポート見ていいわよ」
そう言って、束ねてある用紙から一枚を選び取ると、手渡してくる。呆気にとられてしまう。説明するのが面倒くさいから、写せだなんて、ユリアでは決して言わない事だろう。
「それにしても、困ったわ」
「どうしたの?」
「この部分の授業、サボってたから聞いてないのよね」
この部分、と小松はペンでノートの空白部分をトントンと叩いた。小松でもわからないことがあるんだな、と当たり前のことに感心したが、それより、小松の口から思いもよらない言葉が出てきたことにびっくりしてしまった。
「サボったって、小松さんが?」
「私、あなたが思ってるより、ずっといい加減な性格だと思うけれど」
あっけらかんとした様子だ。まあ、それもそれで、小松らしいかもしれない、と花は思う。
「サボって何してたの?」
「ピアノを弾いてた」
「ああ、なるほど」
ユリアに誘われて小さなダンスグループを訪れたのは冬の初めのころだった。鏡貼りの教室ではなく、校舎の外、窓を鏡にみたてて、空いたスペースで三人の中等部生徒は練習をしていた。ターニャという金髪の華やかな背の高い少女と、アリスという巻き毛をツインテールにした少女、それからアレックスというボーイッシュなショートカットの似合う少女で、それぞれ個性の際だつ可愛らしい少女たちであった。彼女たちの踊るダンスはキュートでポップ、ジャンルにとらわれないそれは新時代のものである。ひとしきり彼女たちの練習を見学した後、ユリアは「これだっ!」とひざを打ったのだった。
「どう、花? ここは。わたしは、花にぴったりだと思うの」
「みんな三年生なんだね。うれしいし、それに可愛いダンスで、楽しそう。でも、わたしが入ってもいいのかな?」
アレックスが答えた。澄んだアルトの声だ。
「入ってもらえるのはうれしいけれど、いいのかい? 教授連には受けが悪くて、講師もいないし、教室も使わせてもらえてない弱小グループだけど」
「花が入ってくれたら、あと一人で、練習に一部屋もらう資格ができるんだけどな」
というのは金髪のターニャで、ユリアに笑いかける。パッと花が咲いたようだ。
「旧時代のものよりも、これからは新しいことに挑戦していかなきゃ。閉鎖された国だからあまり外の世界の情報が入ってこないけれどさ、ルーセも変わりつつあるんだし」
アリスは唇を尖らせて、生意気そうな印象だ。ユリアは苦笑した。
「そう思うけれど、わたしはクラシックバレエを愛してるから、そっちで手一杯。でも、そうねえ、確かにあと一人、ミステリアスな雰囲気の子がいたら、よりそれぞれの個性が際立っていい感じかも。花、誰かそんな雰囲気の友達、いない?」
花は、ミステリアスといわれて小松を思い出した。
「いる、けど……小松さんは絶対入ってくれないと思う」
小松が、かわいらしい曲に合わせて笑顔で踊る姿は想像できなかった。
小松という言葉を聞いたターニャ、アレックス、アリスの三人は顔を見合わせた。その様子を不思議に思っていると、アレックスが説明してくれた。
「知らないのか? 小松は入れないほうがいい。あの事件の犯人だって噂されているんだ。ただでさえうちは教授たちに気に入られていないんだ。これ以上面倒ごとはごめんだよ」
「あの事件って、塔から女の子が落ちた? なんで小松が犯人なのよ」
花が驚いているうちに、ユリアがすぐに疑問を口にしてくれた。
「悠木ってやつが調べてて、消去法さ。学年末のパーティに中庭にいなかった元三年生のうち、東の地の出身はあいつだけだったらしい」
「わたしも東の地出身の三年生で、パーティにはいなかったよ? そんな噂、信用ならないんじゃないかなあ」
花の意見に、ユリアも頷いた。
「そうね。同じ学年の子が犯人だとも、東の地の出身の子が犯人だとも、そもそも自殺か他殺か事故かもはっきりした根拠はない、根も葉もないうわさでしょう?」
三人はまた顔を見合わせた。そして、アレックスが首を振った。このグループのリーダーはアレックスのようだった。
「真偽はともかく、そんな噂、イメージが悪いから。別に、どうしてももう一人ほしいわけじゃない。選考も間近だしね、四人でやっていこう。歓迎するよ、花」
アレックスは手を広げるしぐさで花を迎えた。
毎年この時期に選考を勝ち抜いた学生たちによる発表会が催される。発表者に選ばれれば来年度のグループに割り当てられる予算も増えるし、卒業後のアピールにもなった。
「ユリアのところのバレエクラスはもう決まっているようなものね。私たちも発表できるように頑張りましょ」
ターニャに手を取られて、花は頷いた。ターニャは、ふっくらとした女性らしいからだつきをしている。アレックスは筋肉質で小鹿のようにすっきり伸びた手足をしているし、アリスは花よりも華奢で小さい。本当にみんなバラバラだった。
ピアノを演奏するのは、練習も本番もずっとひとりだった。こうして友人たちと一つの目標に向かって協力したり努力することは、花にとって新鮮でわくわくするはじめての出来事だった。
しかし、花は先ほどの噂話が気になって、グループの一員になれたことを素直に喜べなかった。誰かが犯人探しをしていて、それが学校中に広まっている。小松が犯人だと噂されているだなんて、見過ごすことは出来なかった。
木曜日の一時間目、この時間の授業をとっていない生徒たちは、みなホールで自習をしている。先生はいないので、まだ受験生ではない花達の学年は、自習と銘打って友人とお喋りしているのが常だ。朝食をとった流れでそのままざわざわとした雰囲気が残っている。そんな中、花と小松は、机のはじっこで一緒に教科書とにらめっこをしていた。いつもだったら、花もこの時間は友人と一緒にお喋りしているだろう。けれど最近、ダンスグループの三人から小松の噂を聞かされて以来、花はなるべく小松と一緒にいるようにしていた。小松は一人でいることが多いから、悪いうわさが流れるのではないかと思ったのだ。
小松の影響で、花は宿題をちゃんとやる習慣がついてきた。でも、やるようになったからといって、わかるようになったとは限らない。花はペンをノートの上に放り投げると、腕をぐっと上にあげてのびをした。
「あー、わかんない。全然、わかんない。ねえ、小松さん、ここわかる?」
隣に座っている小松のレポートをのぞき込む。きちんと整えられた文字が規則的に並んでいた。花の全然知らない不可思議な文字だ。数字が沢山。
「宿題じゃないの? あれ、一般教養の理科のレポートの提出期限もうすぐじゃなかったっけ?」
「理科はもう終わったの。花は数学補強の授業はとってないの?」
「うん。とらなくて良かったって、いますごおく思ってる」
小松の仕上げているレポートを見下ろしながら、確信に満ちた声で言った。何が書いてあるのかさっぱりわからない。小松は少し呆れているようだ。
「面白いけどな。やってみればわかるわ」
「じゃあ、わからなくていいよ、一生」
「食わず嫌いなタイプね、花は」
「じゃあ小松さんは、どんなタイプなの」
「私? は、そうね、興味のあること意外は適当なタイプかな」
「それもどうなの」
小松はクスクス笑った。そうやって笑うと、歳相応に見える。怪しく微笑む小松もかっこいいけれど、そうやって笑う小松も可愛くて、好きだな、なんて思った。そんなことを思う自分に気づいて、苦笑いしてしまう。煌星に感化されてきてしまったかしら。でも小松に惹かれているのは事実だ。
「そうそう、それで、小松さん。この記述なんだけどさ」
「説明するの面倒くさいから、私のレポート見ていいわよ」
そう言って、束ねてある用紙から一枚を選び取ると、手渡してくる。呆気にとられてしまう。説明するのが面倒くさいから、写せだなんて、ユリアでは決して言わない事だろう。
「それにしても、困ったわ」
「どうしたの?」
「この部分の授業、サボってたから聞いてないのよね」
この部分、と小松はペンでノートの空白部分をトントンと叩いた。小松でもわからないことがあるんだな、と当たり前のことに感心したが、それより、小松の口から思いもよらない言葉が出てきたことにびっくりしてしまった。
「サボったって、小松さんが?」
「私、あなたが思ってるより、ずっといい加減な性格だと思うけれど」
あっけらかんとした様子だ。まあ、それもそれで、小松らしいかもしれない、と花は思う。
「サボって何してたの?」
「ピアノを弾いてた」
「ああ、なるほど」
