ハナノユメ



 ある昼下がり。花は重たい教科書やノートを両手に抱えて、図書室を訪れた。校舎の外にみえる森や林は色味を失い、冬支度をはじめていた。それでも日中の日差しはまだ暖かく、図書室はまどろみたくなるような温かさに包まれていた。
「顔の締まり無さ過ぎ」
 先に来ていた煌星は、花を見るなりそう吐き捨てた。午後の図書室。窓際のテーブル。朝食の席で、煌星がちょっと話があるなどと言い出したので、花と煌星は放課後に図書室に集合することになったのだ。場所を指定したのは花だ。
「え、えへへ」
「なんだよ、気持ちわりいな」
「さっきね、ラシェッドが歩いてるのが窓から見えたんだ!」
「……ふーん」
 花は不思議に思って煌星を見つめた。面白がってからかうか、一緒に喜んでくれると思ったのに、煌星は不機嫌そうに頬杖をついている。花は煌星の向かいに座ると、机にノートをドサッと降ろした。
「どうしたの、煌星。今日機嫌悪い」
「別に、悪かねえよ。それより何この大量のノート」
「話を聞くついでに、煌星に宿題で聞きたいことがあって」
「はあ? 何だよそれ、面倒くさいなあ」
「そんなこと言わずに! お願いします煌星様! このとおり! 本当切羽詰ってるの! 落第しそうなの! どうかご慈悲を!」
 少し大げさに手を合わせて、ひれ伏す勢いで頼み込むと、煌星はため息をついた。煌星のこのニュアンスのため息は、了承してくれた証だ。花はほっと安心して、お礼を言った。煌星に手伝ってもらえれば、ほぼ落第は免れるだろう。持つべきものは頭の良い友人だ。
「だいたい、どうしてここまで理解不能になるまで放っておけるのか。こんなの普通に教科書読めばわかるだろ」
 この減らず口が直れば、もっといいのに。小憎たらしい。けれどそんなことを言える立場じゃないので、花は話題を変えた。話があるって言っていた。きっと例の同盟についての事だろう。また新しい作戦を思いついたのだろうか?
「それで、話って?」
「ああ、そのこと」
 煌星はノートと教科書を手に取ると、パラパラとめくりはじめた。なんだか少しわざとらしい。今日の煌星は変だ。どうしてしまったのだろう。
「そう、言わなきゃなって、思ってたんだけどさ。俺が言わなくても、そのうち嫌でも気づくだろうとは思ったけど……やっぱりワンクッション入れたほうがなるべくさ……ほら、お前、打たれ弱そうだし」
 歯切れの悪い煌星って気持ち悪い。本当に、煌星、どうしちゃったんだろう。そんなに言い難いことなのかな? 花が先を促すように見つめると、煌星は所在無げに教科書を机に戻し、大きくため息をついた。このため息のニュアンスは、はじめてだ。
「花、ラシェッドのこと好きなんだよな」
「えっあ、シー!」
 慌てて唇に指を当てて煌星を牽制すると、図書室を見まわした。誰かに聞かれたかしら? 大丈夫だよね? しかし煌星はおかまいなく話を続ける。
「好きなら、行動あるのみ。早く行動を起さないと、後で後悔するぞ」
「こ、行動って……まだ知り合いに昇格したかどうかのところなのに」
 花が慌てふためくと、そこに司書の鋭い声が飛んできた。
「静かにしなさい! 退室してもらいますよ!」
 ぐっと声を落として話していたのに、そんなに聞こえてしまったのだろうか。花はビクビクしながら振り返るが、どうやら司書は花と煌星に向かって叫んだのではないようだ。花のすぐ後ろのテーブルで同じ学年の女の子たちがきゃっきゃと騒いでいる。彼女たちは何かの写真を見ていた。司書に注意されても、抑えられないように囁きあっている。こちらのテーブルまで聞こえてくるほどだ。
「これは絶対、付き合ってるよね」
「写真撮ったら後ろにふたりが写ってるんだもん、びっくりしちゃったよね」
「本当。でも、あーあ、羨ましい」
「あんなに嫌がってたのに」
「嫌い嫌いも好きのうち、ってヤツでしょ」
「ラシェッドもついに人のものかあ」
 花はガタンと椅子を倒して立ち上がった。女の子たちがびっくりして見上げる。確かに、今、ラシェッドって言ったよね? どういうことだろう。もしかして、もしかして。でも、相手はいったい……
「……あの、その写真、見せてくれる?」
 女の子たちは目を見交わした。いきなり話しかけてきて驚いているのだろう。でも花は全然、気にならなかった。写真のことしか頭にない。
「いいけど」
 と、ひとりの女の子が不振そうな目で花を見ながら、おずおずと写真を差し出した。しかし、写真は花が触れる前に、するりと手を抜けて、舞い上がった。
「煌星!」
 ひらひら舞う写真を追うと、それは煌星の手の中に納まっている。花は机を回りこむと、煌星から写真を取り返そうと手を伸ばした。
「ちょっと! 煌星! 返してよ!」
「イタッ、やめろって、花! 放せよ!」
「やだ、返してよ!」
 煌星は花よりずいぶん背が高いので、写真を持った手を挙げてしまえば、絶対に届かない。ぴょんぴょん跳ねても虚しいだけだ。思いっきり手を伸ばして、煌星と花が揉みあっているのを、女の子たちは唖然として眺めている。
「どうせ、わかることなんだから!」
 花が煌星のローブを掴みながら、椅子に足を掛けはじめると、煌星はもう片方の手を動かそうとした。写真をやぶる気だ、と思った花は、急いで煌星の手を掴む。