ハナノユメ

「遊びだと思って。難しいことは考えなくてもいいから、ただ気持ちよく楽しくからだを動かしましょ」
 そう言って、バレエの動きを模した、簡単な振りで動き始めた。花は戸惑いつつも、ユリアの真似をする。その様子が生まれたての小鹿のようで、煌星はまた笑ってしまった。   
しかし花は、煌星の予想とは違い、すぐにユリアの真似が上手になってきた。意外に思ったが、そういえば樹に登るような女だ。抜けているだけで、運動神経はいいのかもしれない。
「花、からだが柔らかいのねえ。それにリズム感もある。音楽をやってたからかな」
「そうかな? 自分がどんな動きをしているか、わからないけれど、楽しい」
「今度、鏡貼りの教室で練習してみましょうよ。バーもあるし。あ、そうだ煌星。そこにバイオリン持ってるでしょ? 何か弾いてよ。花、今度は音楽に合わせてみよう?」
「えっちょっとユリア、煌星ってとんでもなくバイオリンが上手いのよ。一族期待の星なのよ。ただの伴奏頼むなんて、罰が当たる!」
 東の地出身の花はおののいたが、ユリアはどこ吹く風だ。煌星も面食らったけれど、ちょうどあとで音楽室へ行って練習しようと思っていたので、楽器は持っている。ぱちんとケースを開いて、弓と弦を取り出した。
「音もあわせてないけれど、まあいいだろ。適当で」
 煌星は、わざと早くしたり、遅くしたり、ピッチカートで飛び跳ねさせた。ユリアと花は、そのたびに笑いながら、それでも煌星の弾く即興に合わせて、からだを動かした。それは踊りというよりもパントマイムのような、バイオリンの音色に糸が垂れ下がった操り人形のようで、どこか滑稽な動きだったけれど、中庭にいた生徒達も、面白がって眺めていた。
 煌星は、二人を見比べながら不思議に思った。ユリアはそこにいるだけで美人だ。花は大きなたれ目が優し気だが、全体的に小作りで地味な印象を受ける。だが今ユリアと並んでいると、花は引けを取らない美人に見えた。垢ぬけた綺麗な子の隣にいると、もともとの整った顔立ちが映えるのだろうか。
 即興の振り付けと演奏で遊んでいる中で、ひとつの小演目が出来上がっていた。踊り終わると、ユリアがいつのまにか集まっていた観客の拍手にこたえるため、優雅にレヴェランス、ひざを折って片手を胸の前に、深く礼をしたので、さらに拍手が沸き起こった。幾度もバレエの演目で主役をはっているだけあり、さすが、舞台度胸があるなと思う。花は注目されているのに慣れていないようで、顔を真っ赤にして挙動不審に観客をきょろきょろ見回していた。
観客がはけてユリアと花は煌星の元へ戻ってくる。その時煌星はユリアがとびきりの獲物を見つけた肉食動物のように、瞳をきらめかせて花を見つめていることに気づいた。どうやら、ユリアは花に踊りの才能を見つけたらしかった。


 それから数日、花はユリアに誘われて、様々なダンスのクラスを見学しているようだった。ルーセ王立学校は、一般教科以外のクラスも充実している。個々にあった祝福の力を伸ばしてゆくためだ。
「本気でやろうと思ったら、クラシックバレエは、まず先天的な身体条件、それからはじめる年齢にも左右されるし、花には合わないと思うの。もちろん他のジャンルに生かせるように習ってみるのもいいと思うけれど。花、あなたって舞台映えするのねえ、知らなかったわ。舞台に立つべき人間よ。好きなジャンルを見つけて踊るべきだわ」
「そうかな? もしそうだったら、うれしいなあ。わたし、ピアノじゃちっとも祝福が扱えなくて。もう刺繍工場にはいって、お土産用の祝福製品を延々と縫う毎日を過ごすか、外国で生きていくしかないと思ってたから」
 花が祝福について悩んでいたのを知っているユリアはせっせと世話を焼いているが、当の本人は相変わらずぽわんとしている。花のピアノは聞いたことがないけれど、いまだに芽が出ないのならば、ほかのことに挑戦してみるのもいいかもしれない。煌星も、無垢な笑顔で踊る花は、なかなかに魅力的だと思っていた。
 しかし。煌星は、ユリアと話しながら宿題をしている花を見やった。いつもと変わらない様子だが、どことなく、最近元気がないようだった。煌星は、二人になる時を見計らって、何をそんなに思いつめているのか聞いてみた。
「煌星には、わたしは何にも隠し事が出来ないんだな」
 花は、明らかにうろたえている。
「実は、気になることがあって、実家の……父あてに手紙を送っているのだけど、返事が来ないの」
「気になることってなんだよ」
 花みたいに不器用な子に、はぐらかすなんてことは出来ない。話そうかどうしようか迷っているみたいだが、もう一押しする前に、花は目に涙をいっぱいためたので思わずのけぞってしまった。
「話せないことなの、どうしても」
「わかったわかった、無理に聞かない。でも、あんまりひとりで思いつめる前に、言えよ。俺じゃなくてもいいから」
「うん、ありがとう煌星」
 とりあえず涙を零すことはなかったので、煌星は心からほっとした。一体、花は何を悩んでいるのだろうか。ラシェッドのことなら、煌星に言えるはずだ。それ以外であんな目に涙をためるような悩みとは、何だろう。煌星は気になったけれど、女子の繊細な心の機微は、考えても無駄かもしれないと思い直した。

男子寮の一室は四人部屋で、ラシェッドとは入学当初から同室だった。壁際に二段ベッドがひとつずつと、文机の簡素な部屋だ。ラシェッドは嵌め殺しの窓にもたれかかりながら、くしゃくしゃになったたばこの箱を取り出した。煌星が嫌そうな顔をしたのを見逃さず、ラシェッドは断るとわかっていて煌星に一本差し出す。
「いる?」
「くさいな、あっちの窓で吸えよ」
「あいかわらず優等生だなあ」
 煌星は取り合わず、読みかけの本の続きを目で追った。
「いったいどこから仕入れてくるんだか」
「知りたい?」
「聞きたくない」
 ラシェッドは入学したころから、屋敷で暮らしていた煌星が絶対知りえないことをいろいろと知っていた。兄のように、それらを伝授してくれることもあれば、弟のように、煌星が正すどうしようもない部分もある。
「ユリアには内緒な、あのコ、ああみえてお嬢様だからさ」
「今更取り繕っても無駄じゃないか」