少女が死んだのは涼やかな夏の夜のことだった。

夕闇の訪れた古城の中庭には、やわらかな月の光に白玉木蓮の控えめな白い花弁が映え、さわやかな、けれども熟した果実のような甘い香りがつよく漂っていた。
回廊にぐるりと囲まれた中庭では、学年最後のプロムが催されている。
軽やかなバイオリンの音が木蓮の香りとともに流れ、中庭に集まった生徒達のさざめきに消えてゆく。少女たちは色とりどりのドレスを身に纏い、少年たちはタイを結び、制服を脱ぎ捨てた束の間の非日常と、試験から解放され明日にも夏休みが始まる期待に、誰もが興奮していた。
やにわに一人の生徒が声を上げた。
目を見開いて息をのむ生徒が指さした先は、時計塔の上のバルコニーであった。見上げた学生たちはざわめき、やがて、しん、と静まり返った。鐘楼の鐘の音が、静寂の中響いた。
塔の上、逆光の中、人影が不自然に揺れたかと思うと、制服のスカートをはためかせて、そのまま落ちてきた。中庭の生徒たちに背を向けて、一直線に落ちてくる。誰もが動けないでいるうちに、背筋が凍るような鈍い音とともに白玉木蓮の茂みに落下した。,その女生徒が助からないのは誰が見ても明らかだった。
やがて鐘の音が止み、中庭は阿鼻叫喚となった。
ひとり、舞台の上でバイオリンを弾いていた少年は、塔の上から目が離せなかった。たった今少女が落下したバルコニーに、人影があった。中庭をのぞくその影と目が合った気がした。影はすぐに立ち去ったけれど、少年はその人物が制服を着ていたことに気づいた。

白玉木蓮の茂みの中、散った白い花弁にまみれてこと切れていたのは、プロムに参加しているはずの三年生の女生徒だった。