少女はその変わり果てた村に呆然と立ち尽くした。燃え広がる炎、飛び交う怒声と悲鳴、動かなくなった顔見知りが倒れている。その身体からは鮮やかな朱が泉のように溢れ流れる。
ここは本当に自分の村なのだろうか。
「リリーエ!」
自分を呼ぶ姉、ヘレネの声に正気を取り戻したリリーエはヘレネの方へ駆け寄った。一族を代表する程の美しい顔は怒りと哀しみ、絶望が入り混じったなんとも言えない表情をしていた。
  あぁ、お姉さまはこんな時にさえも美しいだわ。
などと見当違いなことを考えていた。そうしなければ、正気を保つことができないほどリリーエは混乱していたのだ。
「リリーエ…貴方はここから逃げなさい。」
姉は硬い表情のまま目を潤し、言った。しかし、その言葉はリリーエにとって信じられないものだった。
「…お姉さまは、私のことを信じておられないのですか…私もヴォルヴァ族の一人です。だから、私も…」
ヴォルヴァ族は小規模な一族だ。その一族が今まで他の国にのみ込まれなかったのは、その力のおかげと言っても過言では無い。ヴォルヴァ族の女性にしか使うことのできないその力は、今こそ発揮するべきである。しかし、姉は首を横に振った。
「いいえ…貴方は一族のなかでも一番強い力を持っているわ…だからこそ逃げてほしいの。私達は"あれ"を守り抜かなければならないのだから……」
姉の言わんことがわかった。私達は助からないのだ。自分達の力を以ってしても、アース大国から逃げることが出来無い。ヘレネは"視た"。リリーエは全身から血の気が引いたように感じた。姉の予言は百発百中。ヘレネの予言からしてまず一族は助からない。だとするとリリーエにできることはただ一つ。
「私にできることは、皆を捨てて"あれ"を持って逃げることだけという事ですね。」
リリーエは唇を噛み締めながら、泣くのを耐えた。その妹の痛々しい姿にヘレネは罪悪感にかられた。仕方がないとはいえど、まだ15歳の妹に一人で逃げろ、それしかできることが無いっと残酷な事実だけを突きつける。
  なんて、酷い姉がいたものか…でも…
「そうよ。リリーエ…ここに"あれ"の納めた箱の鍵があるわ。教会の地下に"あれ"はある。箱の奥には森へ続く通路があるから……そこから逃げなさい。」
一族を見殺しにして逃げる運命となった哀れな妹。何もできない姉。しかし、それて一族が交わした女神フレイヤとの約束が守られるのであれば、一族皆、本望だろう。そう自らを奮い立たせ、リリーエは姉との最後の別れを惜しんだ。
「お姉さま、幼い頃より両親の代わりとして私を育て上げてくださいまして、ありがとうございました。どうか、ご無事で…」
ヘレネはリリーエを抱き寄せ、強く抱きしめた。これが最後。
「無事でいて……リリーエ」
美しく優しい自慢の姉。リリーエはヘレネが見守るなか、鍵を握りしめ一人村外れの教会へ向かった。早く、早く……
火の海の中をリリーエは一人走り抜けた。アース大国の軍人に見つからないように走って村外れまでやって来た。教会の奥、地下に続く秘密階段の扉を開けたときだった。
「おい!!ここであっているのか!!」
若い男の大声が聞こえた。その声に続けてうめき声も聞こえた。一族を束ねる女主の声だった。
「おい!聞いているのか!婆さん!!」
何かを床に叩きつけるような大きな音がしたあと、教会が揺れ動いた。女主の力に反応して、教会が動こうとしているのだ。それでも、アース軍の暴行は続いた。酷くなる一方だ。
  すぐにお婆さまを助けなければ!
リリーエが表に出ようとして時、"声"が聞こえた。女主のものだ。
  リリーエ、儂を放っておきなさい。お前はそのまま"あれ"を持ってヴァンシンへお向かい。
  ヴァンシンなら、"あれ"の意味も守らなければならない理由も知っている。早く、早く…
リリーエはその声を聞き、階段を駆け下りた。今度は止まらず。
姉に言われたとおり、箱を開け、"あれ"だけを取ると両手に強く抱きしめて箱の奥の扉の先へ向かった。後ろを振り返らず、ただ真っ直ぐに正面だけを見て走って、走って…