「消える覚悟があるならば、その肉の殻を捨て、湖の精霊たる、その姿に戻り、役目を果たせ」

未だ顔を上げることのできない湖精に言い放ち、王はかざしていた手を引いた。

「そなたが水を清め、森を育み育てれば、人の子も……ユルトも、その子も孫も、その恵みを受け、そなたとの日々を良き思い出として語るだろう」

王の声が聞こえているのか、いないのか。

湖精は、震える手を地に落ちた肉の塊に差し伸べる。

「人には人の、精霊には精霊の、在り方がある。世界の均衡をたもつ精霊の身なれば、それを破るようなことがあってはならぬ」

非情ともとれる冷静さで告げた王は、肉に触れ、震える湖精の背中を見て、わずかに目を眇めるようにして和らげた。

「そなたが消えれば、この森はどうなる?」

ぴくり、と一瞬、湖精の震えが止まったように見えた。

「人の子の目には映らずとも、そなたの周りはそれだけではあるまい」

優美な腕を上げて風を呼びながら、王は言う。

「……心して、努めよ」

そして、王はやって来た時と同じく風に乗り、ふっと掻き消えるように姿を消した。