たまに湖にやって来る花精は、そんな湖精の様子に気がついてはいるようだったが、淡く微笑む湖精を何か言いたげに見るだけで、声をかけることはなかった。
いつか、時が忘れさせてくれるだろう。
花精に限らず、周囲に住まう精霊や動物達はみな、そんな風に考えていたのかもしれない。
美しく澄み切った翠の湖面が日に日に曇っていくのに気づいてはいても、湖精はきちんと水を浄化し、森を潤し、この森の守護者たる精霊の役目を果たしている。
物憂げに沈むことはあっても、あの年のような被害が出ることはない。
それは、皆にとって最も重要なこと。
湖精に喜びを与える方法はわかっていても、それを勧めるのは、自らの首を絞め、彼女を殺すことに近しい行為なのだ。
あの赤子に会いに行けばいい。
ちょっとだけ、顔を見るだけなら。
そう言うのは容易いが。
今度は本当にもう、湖精が出て来なくなったら……?
だから、これでいいんだ、と、誰もがそう自分に言い聞かせ、どこかくすんだ翠の湖面を見ないようにして過ごしていた。
しかし、そんな日々が数年続いた、ある夏の日のこと。
その変化の種は突然、この森に現れた。



