「おはよう!!!」

ゴールデンウィークが明けた初日。

まだ少し休み気分を引きずった表情でみんな教室へと入る。



「おはよう隼くん!!!」

俺が席に着くのとほぼ同時に後ろから降ってきた声。

振り向くと、4日ぶりに見る梨々の顔があった。


「おはよう梨々さん!」


梨々とは、皆で遊んだあの日以来会っていない。

たった4日のことなのに、かなり久しぶりに感じてしまう。


「隼くん、なんだか日に焼けた?」

「えっ、そうかな?」

「うんっ!夏に向けて健康的な肌の色になってますよー!」

「ははっ。まあ確かに、休み中部活がなかったから、優と毎日のようにテニスしてなからなぁ」

「そうなんだぁ!?凄いね!さすが二人は違うよ!お休みなのに自主練だなんて!」

「そんなことないよ。何日もテニスやらないと、体がどうしてももどかしくなるというか.....」

「へぇー!凄いね!」


久々の梨々との何気ない会話。

相変わらず俺の心臓はうるさくて、梨々の一言一言にドキドキしてる。


梨々の気持ちを知った以上、もう俺のこんな気持ちは抑えようと決めたのに。


梨々の想いを応援すると決めたのに。


自分から、梨々に協力すると言ったのに。



「あ!優くんだ!」


自分の気持ちに葛藤していると、梨々が明るい声で言った。


「優くんおはよう!久しぶりだね!」

「おはよう一条。久々と言ってもまだ、4日しか経ってないが...?」

「フフッ、そう言われてみればそうだね!」


梨々と優は、前に見た時よりも確実に仲良くなっていた。

やはり、ゴールデンウィークに遊んだ日に、一緒に帰ったことが大きいのだろうか。


だとしたら、梨々の頑張りが実を結んだことになる。



それにしても、俺が梨々と会うのを随分久々に感じたように、梨々も優に久々に会ったように感じているんだ。


俺が梨々に対して感じる感情と同じものを梨々は優に対して感じている。



そう意識すると、一度収めたはずの胸の痛みが再び溢れだす。

針のようなもので、チクッと胸を刺されたような痛み。


優は......

優は、そんな気持ちを、一体誰に抱いてるのだろう.........


その相手が梨々じゃなかったら、梨々も俺と同じような気持ちになっちゃうよ.........



「そういえばね、あの日、優くんがね、ゲームセンターで獲った可愛いキーホルダーくれたの!!!ほら!!!」


思い出したように梨々がそう言って、鞄に大事そうに付けているウサギのキーホルダーを見せた。

「俺がそんなものを持っててもどうしようもないしな。かと言って清和もそんなキャラじゃないし。その点、一条なら....その、に、似合うと思ってな。」


優が珍しくぎこちない話し方で言った。

そう言われた梨々は心から嬉しそうにニコニコしている。


「本当だね。梨々さんによく似合ってるよ。よかったね、梨々さん」

「うんっ!!!優くん、本当にありがとね!」


俺の言葉に満面の笑みで頷き、優にお礼を言う梨々。

その笑顔が、あまりにも眩しすぎて、輝いていて、可憐で.......


でも、その笑顔が向けられているのは、俺ではなくて優なんだ。

優は、いつもの表情をほとんど変えずに短く「ああ。」と言った。


こんな笑顔を向けられて、無表情に見えても優も喜んでいるのは何年も優と一緒にいるから、分かる。


梨々もそれを感じ取ったのか、嬉しそうな笑顔のまま1時間目の準備を始めた。


今、優も梨々も、どっちも嬉しそうにしてた。

だったら、2人の気持ちが.....一緒だったらいいのに.......


梨々も優も、お互いを想い合っていたらいいのに.......、


他人の気持ちは変えられない。

遊んだ日に瑠千亜と帰った時にそう言ったのは自分だ。


それなのに.........



「隼くん、あの日はほんとにありがとね!隼くんのおかげで優くんと一緒に帰れたし、そのおかげで前よりずっと仲良くなれた!!!」

隣に座る梨々が俺にそっと耳打ちをしてくる。

その弾んだ声と言い、幸せにさそうな笑顔と言い、全てが近くで感じられた。


梨々の喜びは、こんなに近くで感じられるのに、その相手は俺じゃないんだ............


梨々のまっすぐな想いに触れれば触れるほど、強く願ってしまう.........





俺の想いが叶わないなら、せめて梨々の想いは届いてほしい......


そして、優も梨々と同じ気持ちであってほしいと.........


そんな我儘な思いは、きっと誰にも漏れないようにしなければならない。


だから俺にできることは、梨々の想いが少しでも優に届くようにすることだけ。



だから..........

「梨々さん、もしよかったらさ、今度は優と2人きりでどこかに行ってみたら?」


周りに聞こえないように声を潜めて梨々に提案する。

「えっ!!!二人で!?」

「そう。二人で帰った時に、なにか共通して好きなものとかなかったかな?もしあれば、それに関連したところに一緒に行こう、って誘えばきっと優も行ってくれると思うよ」

「共通したものかぁ......
そうだっ!新しく出来たレストランっ!あそこはね、優くんの好きな古代ギリシアの数式に則った造りになっててね?内装も料理の数も、材料数も、全部ギリシア数学の世界で覆われてるの!」

「そんなレストランができたの!?知らなかった...」

「うん!あのね、雰囲気もすっごく魅力的なんだけどね、お料理も美味しいって有名なの!梨々も古代数学に興味あるし、何よりそこのお料理のメニューもすっごく美味しそうだったから、行ってみたいなーって話してたの!」

「そっか!じゃあ、そこに誘ってみなよ!そんなに二人にピッタリなレストランなかなかないよ!」

「そうだよね!少し緊張するけど.......頑張って誘ってみるね!ありがとう隼くん!!!」


梨々は少し頬を赤くして照れながら躊躇っていたが、意を決して優を誘ってみることにしたようだ。


梨々が頑張る姿を見れば見るほど、さっきの願いは強くなってゆく。



優の好きな人が、梨々だったらいいのに.............