先生は殺人鬼。


「え…何言って…」


──卒業までは殺さないから

それはまるで、手紙の差出人が神楽先生だと言っているような言葉。
時計の無機質な音が、二人だけしかいない沈黙の空間を少しずつ重く、鈍いものにしていく。



「先…生…?」
「ん?」



ニコリと微笑んだ先生は、あたかもこの状況が当たり前のように頬杖をついた。
朝から突然の連続で、そろそろ思考がおかしくなりそう。

突然殺人予告の手紙が届いて、
突然佐伯さんが殺されて
突然先生が謎の発言をしてきて



「先生が…ザクロなんですか…?」
「そうだよ」



あっさり認めた先生の顔には、未だ笑みが浮かんでいる。
不思議とその笑みに対して、不気味だとか怖いだとか、マイナスの感情は生まれなかった。


それはたぶん、さっき先生が言ったからだろう。
"卒業までは殺さないから"と。


「あの…せ、先生がザクロなら…どうして私を…」
「それはまだ言えない。どうしても聞きたいなら…そうだね、冥土土産として卒業式にでも話してあげようか」
「……」


先生がザクロ。あの連続殺人犯。
毎日のように目にするニュースが、急に現実味を帯びてフラッシュバックした。

まるで鉄の鉛が体に縛り付けられたかのように、逃げたくても逃げられない。

……いや
洗脳されたのだろうか。逃げたいと思わなかった。



「さあ、どうする?」
「え…?」
「俺が犯人だってわかった以上、警察に逃げ込むこともできる。手紙だってあるからね。
もしくは親御さんに泣きつく?ああそうだ、彼もいるじゃん、ヨッシーだっけ?風村。」
「そん…なの…」


つい数分前…数秒前まで、憧れの先生だった。
見ているだけで満足していた好きな人が、自分を殺そうとする殺人鬼なんて。


こんな現実、どうやって受け止めろって言うのだろう。
大人はずるい。
私が現実を受け入れられないことを知った上で、あえて逃げる方法を提示してくる。


そして多分、先生は…



「私が先生のことどう思ってるか、気付いてたんですか」
「ま、しょっちゅう目合ってたしね。薄々?」
「だったら私が警察に行けないことも、親やヨッシーに先生が犯人だって言えないことも、全てわかってるんですよね」



たとえ目の前にいるのが殺人犯でも…
私はその正体をバラす気にはどうにもなれなかった。


だって、こんなに優しい先生が。こんなに素敵な先生が。
恐ろしい殺人犯になるなんて、きっと何か訳があるはずだから。


その訳を聞かないまま警察に突き出すとか、そんな事できるはずない。