『仁科家に来ない?』


そう言われてから3日後、私は頭の整理もろくについていないまま、されるがままに引越しの準備を済ませた。


また、学校は通えなくなるとの事なので、高校に退学の旨を伝えた。みんな泣いて見送ってくれたけど、もうお別れだっていう実感は不思議と湧かなかった。


そして、今日は初めて仁科家に行く日。


(ちゃんとやっていけるかな…)
考えても考えても考えても不安ばかりが募っていく。



ピンポーンと、家のチャイムが鳴った。



ドアを開けると、桜色の着物に身を包んだ翠さんが立っていた。


「茜ちゃん、準備はできた?」
「はい。もう大丈夫です。」
「そう。なら車に乗って頂戴。」


私は茶色のローファーを突っかけながら、家を後にした。


そして後ろを見ると、私は思わず息を飲んだ。



(な、な、なんでうちの前にリムジンが止まってんの⁈)



きっと何かの間違いだよ。


例えば私と入れ替わりにこの家に住む人が大富豪とか、この家の近所の空き地に豪邸を建てる大富豪が車を止めているとか、例えば…


「茜ちゃん、乗って。」


…間違いじゃなかった…翠さんのだった…。




「どうぞ、茜お嬢様。」


執事さんと思われる方が、車のドアを開けてくれた。

車内はとても広くて、いつも軽乗用車ばっかり乗っていた私にとって、ある意味未知の空間だった。


「茜ちゃん、リラックスしていていいのよ。
お菓子もあるから、なんでも言って頂戴ね。」

翠さんが席を勧めたので、私もソファに腰をおろした。



こ、これって超お嬢様っぽいんだけど…。



やがて、車が出発した。
住み慣れた家がどんどん遠くなっていく。


さよなら、私たちの思い出。



少し涙目になり、私は下を向いた。


「茜ちゃん、今日からあなたは小野 茜じゃなくて仁科 茜(にしな あかね)と名乗るようになるのよ。胸を張って過ごしてね。」


翠さんが私を真っ直ぐ見つめて言う。
私は小さく頷いた。


「私達の家まで少し時間がかかってしまうの。
しばらく寝ていてもいいわよ。」


私は目を瞑り、車の心地よい揺れを感じながら眠りに落ちた。

どんな未来があるのか、少し希望を抱きながら。