あぁ、なるほど。

死ぬのを延期してもらいたいのか。

それは、当然だろう。

目の前で人が死ぬのを見るのは、誰しも気持ちのいいものでは無い。

「…分かりました。」

今すぐ楽になりたいけれど、関係の無い人に迷惑をかけるのは嫌だからひとまず彼の意見に了承した。

「あと、そこから降りてこっちに来た方がいいよ」

彼が鉄の柵を指さしながら言った。

私が乗っている柵が風に煽られ、揺れている。

…確かにちょっと危ないな。

彼の言うとおり降りよう。

そう思って少しずつ、登った時と同じようにゆっくり降りた。

トンッ

数分かけてゆっくり降りた。

元々運動があまり得意じゃないから、時間がかかるのだ。

遅い、とか言わないで欲しい。

誰にしている訳でもない言い訳を私が心の中でしていると、

「ねぇ。君、名前はなんて言うの?」

彼が私に聞いた。

「…深和です。榎本 深和。」

隠す理由もないので、素直に答える。

「へぇ。いい名前だね、深和。」

そう言って彼はニコッと綺麗に笑った。

…人とこうして普通に話すのは、いつぶりだろう。

久しぶりだ。

ちょっと、嬉しい。

そう思っていると、

「俺の名前は速水 琥珀(はやみ こはく)。気軽に琥珀って呼んでね。」

そう名乗った。

速水…琥珀…。

綺麗な名前だと思った。

空に昇った今日の夕日色。

「琥珀…。いい名前だね。」

私も彼の真似して言ってみる。

「ふふっ…ありがとう。」

彼はくすぐったそうにはにかんだ。