「・・・征士君と会っているのは、結婚の話を断るためです」

どこか気圧すような眼差しを受け止めて、真剣に言葉を選ぶ。

「お祖父さまにも、結婚は私の意思に任せてほしいとお願いします。愁兄さまもそれは分かってくれるはずです」

佐瀬さんに、だからどうして欲しいなんて思い上がってはいません。ただ。自分に正直でいたいだけです。後悔に泣かないように。

最初で最後の恋だから。夢見がちなんかじゃないんです。

「両親は残念に思うかもしれませんけど・・・、私は佐瀬さんといたいんです。この先もずっと」

言葉ひとつひとつに、ありったけの想いを込め。
見えない掌を伸ばし、貴方に差し出す。

佐瀬さんは。
頬に当てていた指で顎の下を掴まえると、上に向かせて目を細めました。
冷たくも温かくもない闇色の眸が音もなく射抜いて、私ごと捕らえた。

遠くに聴こえるアナウンス、BGM、雑多な賑わい。子供を連れたお母さんや、女の子同士が横を通り過ぎていく中。ここだけ膜が張られ、空気ごと閉じられたみたいに。

「・・・恨み言は聴かねぇぞ」

貴方の声だけが届いて、頷く。

「言いません」

「地獄の底に道連れでもか」

「離れたくないんです」

「・・・莫迦だねぇ」

男の子のはしゃぐ高い声が、最後の呟きに重なった。

不意に手が離れ。頭をひと撫でした佐瀬さんは笑ったようにも見えた。
みるみる人混みに紛れていく後ろ姿を、目で追いかけながら。泣きそうでした。

『莫迦だねぇ』が、とても優しく耳に残ったのが。切なくて、・・・嬉しくて。