オネェの髭Ⅰ(短編集)

「エンディング」

 函館市、港が一望できる坂の中腹に一件の古い洋館があった。 この地域一帯は古い洋館が建ち並び、今でも西洋風の雰囲気を多く残すところ。 函館観光に来たひとは誰もが一度は訪れるところ。

これから紹介するのは、三十二歳という若くしてこの世を去った元高校教師三宅千種の晩年の話し。 

秋分が過ぎ心持ち朝夕の肌寒さが感じられる季節。 千種の家に朝早く突然の来客があった。 ピンポーン・ピンポーン玄関のインターホンが鳴った。

インターホンから「ハイ」男性の声。

「こちら千種さんのお宅ですね?」若い女性の声。

「はい、そうです……」

「千種先生はご在宅でしょうか?」

「いえ、おりませんがどちら様でしょうか?」

「千種先生の教え子で竹内育代と申します」

「あっ、チョット待って下さい」

三宅千種は地元の高校で英語の教鞭を執っていた。

ドアが開き出て来たのは千種のご主人、洋一だった。

「おはようございます。 あっ、初めまして。僕は千種の主人です。 妻は今月の三日に他界したんですけど」

育代は自分の耳を疑った。

「えっ……?」

「妻は今月の三日に他界したんです」

育代は呆然と立ちつくした。

育代の声が急にか細くなった「……千種先生はなんで亡くなったんですか?」

言い終わった瞬間育代の目から涙がどっと溢れてきた。

洋一もなみだが急にあふれだし「……ごめんなさいね、妻が生徒達にこんな衰弱した姿を見せたくないとの理由と、葬式も生徒に知られずに家族だけで、との理由で生徒さんに知らせませんでした。 千種本人の意向です」

洋一は一刻も早く千種の生徒さんに知らせたかった。 それが適ったので肩の荷が少し下りた気がした。

育代は泣きながら「あのう、遺影に手を合わせてもいいでしょうか?」

「はい、是非そうしてやって下さい」そういいながら家に招き入れた。

初めに洋一が遺影に「千種、竹内さんが来てくれたよ」

育代が手を合わせた「千種先生、ご無沙汰してます。 先生が他界したこと今、知りました。 遅くなってすみません。 生徒四十三人みんな元気です。 千種先生に学んだこと誇りに思ってます。 ありがとうございました。 千種先生、安らかに………」

育代が「もう、クラスのみんなに知らせても良いですよね? たぶん、みんなビックリして手を合せに来ると思います。 先生に挨拶させてやってください」

「解りました。どうか皆さんに宜しくお伝え下さい」

「ところで亡くなった原因はなんですか?」

「はい、お話しさせて下さい。 妻の晩年は私から見ても立派な最期でした。 ちょうど一年前のことでした……」


「洋一さん、最近、胸の辺りが息苦しいのね、今度の月曜日に病院に行って来るよ」

「千種が調子悪いなんて珍しいね、循環器病院でしっかり受診してきなよ」

当日、検査が終わり医師から診断を受けた。

「え~と、今日は奥さんだけでいらしたんですか?」

「はい」

「ハッキリした見解は今の段階ではいえませんが肺とリンパのところに腫瘍が見えます。病理検査の結果は金曜日に出ますので出来ればご主人といらして下さい。 詳細結果はその時にお知らせします」

「僕と千種は指定された日に行きました。 医師は私達を前に言いました。

「結論から言います。 今回の腫瘍は悪性のものでした」

千種は肩を落とした。

「肺からリンパに転移が視られます。 手術は難しいというか出来ません…… 日本で、いや世界でも症例がありません。 それほど難しい部位に腫瘍が転移してます。 余命は奥様の年齢からすると半年から一年。 当然、個人差はあります。当病院でお奨め出来るのは放射線治療と薬の併用です。 個人差は否めません。 もちろん完治する可能性もあります。 あくまでも個人差としか言えません。 当面は定期的な通院で治療する方法をお奨めします」

じっと聞いていた千種が口を開いた。

「完治の可能性はどの位ですか……?」

「極めて低いです。 僕の立場としてはコメントできません」

「わかりました」

千種は大粒の涙を流していた。

「その後、千種は伏せることが多く、事あるごとに大泣きしていた。 僕も千種にかける言葉が見つからず途方に暮れました。 なん日もなん日も千種は泣き続けました。 そんなある日のこと、テレビの番組で癌に効果のある漢方が紹介されていたんです。 千種はそれ以来セコンドオピニオンし特効薬をネットで検索する日が続きました。 三ヶ月ほど死にものぐるいで模索してました。 本当に観るに忍びなかった。 僕は何にも出来なかった。 そうこうするうち、急に千種の言動に変化があったんです」

育代は涙を拭きながら千種の遺影をじっと観ていた。

育代が「どう変わったんですか?」

「はい、突然何かが吹っ切れたように明るくなったんです。 ある時こんな事がありました」

「洋一さん、私ボランティアで英語の通訳しようと思うの。 命尽きるまでジッとしていてもつまんないから……」

「それは構わないけど、どういう方法で?」

「市の観光協会で外国人観光客向けの英語のガイド役を募集してたの。 私の住み馴れた函館だもの外国人相手の簡単なガイドなら、チョット歴史を勉強すれば出来ると思うの」

「千種がやりたいと思うなら僕は反対しないけど、身体の具合は良いのかい?」

「今は大丈夫、死ぬまでは大丈夫」

「おい、おい、死ぬなんて簡単に言わないでくれよ」

「洋一さん、なにいってるの! 死は誰でも迎えることなの、遅いか早いかの違いだけなの。 死に立ち向かおうとするのが自然に反してるの、だから私、死ぬまでは元気で生きることにしたの……」

「そう千種が僕に言ったんです。 僕は、その時理解しました。 千種は死の恐怖を克服したんだと…… それからの千種は精力的に何でもこなしました。 たぶん、その時の観光協会の関係者は今でも千種が病気だということを知らない人が沢山いると思います。
ボランティアを辞める時は観光協会へも、主人の仕事の都合で転勤になるから辞めると……死ぬ半月ほど前に辞職していましたから。 最期の半月はとても穏やかでした」

育代が「先生は苦しまれて亡くなったんですか?」

「それが、苦しみがあったはずなんですけど、あいつ全然顔に出さないんです。 以前に本で読んだことありましたが、ある高名な禅宗の老僧が穏やかな顔で、今日の昼頃に
私は旅立つと宣言し辞世の句を書き、禅を組んだまま死んだという話しがありますが、千種も禅は組まないけどそんな禅僧のような感じがしました」

最期に『洋一さん、今度生まれたらまた会えるといいね』っていってくれました。 僕への最高の言葉として受け止めました」

「そうですか。 千種先生は短い命だったけど素敵な亡くなり方をなさったんですね。
私、千種先生の生徒だったこと感謝します。 そして誇りに思います。 たぶんクラスの仲間も同じだと思います。 私、早速クラスの仲間に報告を入れさせてもらいます。 本当にこの度はご愁傷様でした」

育代は遺影に向かって「千種先生ありがとうございました。 安らかにお眠り下さい。 私、先生の教え子だったこと一生忘れません感謝してます。 お疲れ様でした」

育代はその日のうちにクラスの幹事に連絡を入れた。 そしてクラス全員が千種の死の報告を受けショックをうけた。


 数日が過ぎ、家のチャイムが鳴った。 玄関には二十名ほどの教え子が訪れていた。 銘銘が想い出を洋一に聞かせた。 洋一は千種が生徒に本当に好かれていたことを改めて
実感した。

「みなさん、今日は本当にありがとうございました。 千種は幸せ者です。 先日、竹内さんにも話しましたが、病気のことは千種から何度も口止めされておりました。 
実は、千種が自分の事を語っていたことがありまして、いつか生徒に聞かせたいと言っていたことがあるんです。

印象に残ったので今皆さんに報告させて下さい。 

最初に医師から癌の告知があった時、正直、自分の運命を怨んだそうです。 とにかく千種は泣いておりました。 

その後、助かる方法を模索し始めました。 自分にあった医者、病院、薬と、調べては連絡して訪問しておりました。そして、それも適わぬと思った頃から急に妻の心に変化があったようです。 

僕が感じたのは死を受け入れるというか、死を超越したのか不思議な感じがしました。 
とにかく穏やかで言葉一つ一つを味わってるというか楽しんでさえいるような感がありました。 そして、本当に死ぬのかなって思うくらい穏やかな千種になっていました。

死の受け入れかたは立派でした。 最期は自分以外の人間の幸せを考えていたようです。

僕が感じたのはまず絶望が千種に訪れ、そして、復活を模索して手当たり次第調べ実行する。 それも適わぬと知ると、突然、死を飛び越えて自由を得たような精神状態になる。

千種が癌という病気を通じて僕に教えてくれたんです。 人間が病気で死ぬ時の心の変化を…… 

今日は是非、皆さんにも聞いてほしくてお話しさせてもらいました。 三宅千種の晩年を。 

在職中は千種が本当にお世話になりました。 ありがとうございました」

その後、千種の教え子同士で集まる飲み会を誰が言ったか「千種の会」と称し、年に二回居酒屋に集い千種先生の想い出を語り合った。

死と正面から向かい合い自由を得て旅立ったいち女性教師の物語。


END