「ゲンゾウの霊界探訪記(天上編)」
最初の霊界探訪から三ヶ月が過ぎた。ゲンゾウはその後も頻繁に霊界を訪れていた。 当初は地獄のような世界だったが、人間の世と写し絵のような世界があったり、いつも明るく爽やかな心地良い世界だったりと経験する世界は数限りなく存在した。 三ヶ月も過ぎると意識を集中すると簡単にトリップ出来るまでになっていた。
しかも初めの頃と違い、今では人と話しをしながらでも同時に霊界探訪出来るまでになっていた。 つまりこちらの世界で普通に会話しながら、同時に霊界を垣間見ている自分も存在する。 そんな数ある霊界の中でもゲンゾウお気に入りの世界があった。 十回ほど訪れた世界。 その世界を気に入ったゲンゾウが六度目に訪れた時その世界でアパートを借りるまでになっていた。
何故、そこまでしてアパートを借りたのか覗いてみよう。 その前に、この物質世界とトリップする世界とは時間軸がまったく違うことを知っておいてほしい。 物質世界は時間が直線的であるのに対し、別世界は時間という概念が存在しない。 つまり、いつも今。すべてが同時に存在するという世界。 早い話、時間がないんだ。 ないから今しか存在しない。
ゲンゾウがアパートを借りた世界は、その今しかない世界。 東京にいて京都に行ってみたいと心に思うと次の瞬間京都の町にいることになる。
もう一つの理由…… それが最大の理由かもわしれない。 ゲンゾウには好きな彼女がいた。名前はヨネ子。 そのヨネ子がこの世界に存在するのだ。 彼女を心で思うと同時に「何か用?」と、そこにヨネコが立っているという世界だ。
携帯電話は世界各国、瞬時に繋がって話せるように、この世界は瞬時に身体ごと移動し会話が出来るのだ。 会話も口から発する言葉ではない。 つまりこの世のような肉体の身体も存在しない。 すべてが想念や意識の世界。 時間が無いという事は距離も存在しない。 これが実存の世界。
話を戻そう。
ゲンゾウの世界から見るとこの世界は人間暦で西暦二、〇四八年近未来。 すでに文明の進歩という概念は無かった。 ここでは霊性の進歩が大きな基本。 魂がいかに楽しむかという事に重点を置いていた。 ゲンゾウはそんな世界が本来、魂のあるべき姿と思った。
当然、この世界に生老病死は存在しない。 個々の想念エネルギーのみが存在する非物質の世界だからだ。 解り易く云うと宗教臭い表現だが、ここは霊界といわれる所で、本来の魂の住まう世界でもある。 物質世界に馴れた人間には理解し難いと思うが、この世界が本当の世界であり、物質世界はひとつの幻影にすぎない。 この世界から観ると、人間の世界は夢の世界。
ここは食事を採らなくても平気なのだった。 ついでにいうと、季節はいつも温暖で人間の世界でいう初夏か夏の終わりのすがすがしい季節がこの世界だった。 太陽が沈まないから夜も存在しない。 当然、朝や夜明けも存在しない。 但し、ゲンゾウのように観念がまだまだ物質世界の習慣にある場合は、自分で季節や一日のサイクルを実際に作り上げてしまう。 これが想念の世界。
だから、こちらの世界に戻った魂は最初のうち、人間の頃の習慣が優先され、徐々に馴れていくというぐあい。 したがって、この世界はここに来て新しい魂と、神の域に達した魂では、住む場所も考え方も大きく違うのであった。 上の世界に移行するほどにすべてが自由になっていく。 意識の世界は無数の広がりがあるのも大きな特徴のひとつ。 ゲンゾウが初めて経験した地獄のような世界もこの世界の一部だった。
ゲンゾウは好奇心が強くこの世界に来ては図書館に行くのが習慣だった。 本の読み方は興味のある本に手を置くだけで内容が理解できた。
今、ゲンゾウが興味を示したのが宇宙。 それ以外に音楽や絵などアート芸術にも興味があった。 時間と距離といった制約が無いから思ったら即、実現。 自分が納得するまで調べる事が出来る。
たまに気分直しで自然を楽しみたいと思ったら、次の瞬間、思い浮かべた景色の中に移動出来るのであった。
ここに来ると物質世界の不便さを毎回感じたゲンゾウであった。 意識の合う者同士しか付き合わなくていい、というかバイブレーションの違う者同士は、同じ場所に存在出来ないのであった。 当然、ストレスを感じる事は無い。
ゲンゾウがヨネ子と話す時は想念の伝達だった。 つまりテレパシーのようなものであり、言葉を使わないので言葉の行き違いや誤解の類が全くない。 お互いが重なり合うことがコンタクトの方法で、誤解などという概念そのものが存在しなかった。
雌雄一体の世界がこの世界の形。 ゲンゾウとヨネ子は自分の魂が高まる事に喜びを感じ、徐々に住む世界も変わるのであった。 もう少し先のゲンゾウはアパートなど持たなくてもかまわないと気が付くのだった。
こうしてゲンゾウは霊界の在り方を人間界に知らせようと「ゲンゾウの霊界探訪記」と題して本を執筆するのだった。 晩年のゲンゾウの言葉に「この世の出来事の全ては霊界で仕組まれていた」とある。 本は翻訳され世界中で販売された。
垣間見た世界は一〇〇を数えた。 晩年になって友人に「釈迦やキリストの世界は宇宙みたいだった」と語っていた。
END
最初の霊界探訪から三ヶ月が過ぎた。ゲンゾウはその後も頻繁に霊界を訪れていた。 当初は地獄のような世界だったが、人間の世と写し絵のような世界があったり、いつも明るく爽やかな心地良い世界だったりと経験する世界は数限りなく存在した。 三ヶ月も過ぎると意識を集中すると簡単にトリップ出来るまでになっていた。
しかも初めの頃と違い、今では人と話しをしながらでも同時に霊界探訪出来るまでになっていた。 つまりこちらの世界で普通に会話しながら、同時に霊界を垣間見ている自分も存在する。 そんな数ある霊界の中でもゲンゾウお気に入りの世界があった。 十回ほど訪れた世界。 その世界を気に入ったゲンゾウが六度目に訪れた時その世界でアパートを借りるまでになっていた。
何故、そこまでしてアパートを借りたのか覗いてみよう。 その前に、この物質世界とトリップする世界とは時間軸がまったく違うことを知っておいてほしい。 物質世界は時間が直線的であるのに対し、別世界は時間という概念が存在しない。 つまり、いつも今。すべてが同時に存在するという世界。 早い話、時間がないんだ。 ないから今しか存在しない。
ゲンゾウがアパートを借りた世界は、その今しかない世界。 東京にいて京都に行ってみたいと心に思うと次の瞬間京都の町にいることになる。
もう一つの理由…… それが最大の理由かもわしれない。 ゲンゾウには好きな彼女がいた。名前はヨネ子。 そのヨネ子がこの世界に存在するのだ。 彼女を心で思うと同時に「何か用?」と、そこにヨネコが立っているという世界だ。
携帯電話は世界各国、瞬時に繋がって話せるように、この世界は瞬時に身体ごと移動し会話が出来るのだ。 会話も口から発する言葉ではない。 つまりこの世のような肉体の身体も存在しない。 すべてが想念や意識の世界。 時間が無いという事は距離も存在しない。 これが実存の世界。
話を戻そう。
ゲンゾウの世界から見るとこの世界は人間暦で西暦二、〇四八年近未来。 すでに文明の進歩という概念は無かった。 ここでは霊性の進歩が大きな基本。 魂がいかに楽しむかという事に重点を置いていた。 ゲンゾウはそんな世界が本来、魂のあるべき姿と思った。
当然、この世界に生老病死は存在しない。 個々の想念エネルギーのみが存在する非物質の世界だからだ。 解り易く云うと宗教臭い表現だが、ここは霊界といわれる所で、本来の魂の住まう世界でもある。 物質世界に馴れた人間には理解し難いと思うが、この世界が本当の世界であり、物質世界はひとつの幻影にすぎない。 この世界から観ると、人間の世界は夢の世界。
ここは食事を採らなくても平気なのだった。 ついでにいうと、季節はいつも温暖で人間の世界でいう初夏か夏の終わりのすがすがしい季節がこの世界だった。 太陽が沈まないから夜も存在しない。 当然、朝や夜明けも存在しない。 但し、ゲンゾウのように観念がまだまだ物質世界の習慣にある場合は、自分で季節や一日のサイクルを実際に作り上げてしまう。 これが想念の世界。
だから、こちらの世界に戻った魂は最初のうち、人間の頃の習慣が優先され、徐々に馴れていくというぐあい。 したがって、この世界はここに来て新しい魂と、神の域に達した魂では、住む場所も考え方も大きく違うのであった。 上の世界に移行するほどにすべてが自由になっていく。 意識の世界は無数の広がりがあるのも大きな特徴のひとつ。 ゲンゾウが初めて経験した地獄のような世界もこの世界の一部だった。
ゲンゾウは好奇心が強くこの世界に来ては図書館に行くのが習慣だった。 本の読み方は興味のある本に手を置くだけで内容が理解できた。
今、ゲンゾウが興味を示したのが宇宙。 それ以外に音楽や絵などアート芸術にも興味があった。 時間と距離といった制約が無いから思ったら即、実現。 自分が納得するまで調べる事が出来る。
たまに気分直しで自然を楽しみたいと思ったら、次の瞬間、思い浮かべた景色の中に移動出来るのであった。
ここに来ると物質世界の不便さを毎回感じたゲンゾウであった。 意識の合う者同士しか付き合わなくていい、というかバイブレーションの違う者同士は、同じ場所に存在出来ないのであった。 当然、ストレスを感じる事は無い。
ゲンゾウがヨネ子と話す時は想念の伝達だった。 つまりテレパシーのようなものであり、言葉を使わないので言葉の行き違いや誤解の類が全くない。 お互いが重なり合うことがコンタクトの方法で、誤解などという概念そのものが存在しなかった。
雌雄一体の世界がこの世界の形。 ゲンゾウとヨネ子は自分の魂が高まる事に喜びを感じ、徐々に住む世界も変わるのであった。 もう少し先のゲンゾウはアパートなど持たなくてもかまわないと気が付くのだった。
こうしてゲンゾウは霊界の在り方を人間界に知らせようと「ゲンゾウの霊界探訪記」と題して本を執筆するのだった。 晩年のゲンゾウの言葉に「この世の出来事の全ては霊界で仕組まれていた」とある。 本は翻訳され世界中で販売された。
垣間見た世界は一〇〇を数えた。 晩年になって友人に「釈迦やキリストの世界は宇宙みたいだった」と語っていた。
END



