オネェの髭Ⅰ(短編集)

「オネェの髭Ⅱ(コナちゃん)」

 オネエの髭 池袋店がオープンして一年が過ぎた。 徐々に常連さんが増え店内は今日も大忙し。 雇われママのエバはスタッフの面接をしていた。 面接に来たのは店の常連明美さんの紹介で、年の頃なら三十歳前後の一見、芸能人のカリナ風のスレンダーな美人系のオカマ。

「初めまして。 あなたがコナちゃんっていうの? 明美さんから伺ってます。 私エバですよろしく」

「あっ、はい、コナです宜しくお願いいたします」

「早速だけど、コナちゃんはこの道長いの?」

「まだ三年位です。 前は吉祥寺のハッピーで働いてました。 その時のお客さんが明美さんだったのです」

「じゃあ、客扱いはもうベテランね。 で、なんか特技ある?」

「私、お客さんの顔を見ると、どのお酒が飲みたいか、何の歌が歌いたいかわかるんです」

「それは、常連客なら誰でも解るでしょ?」

「それが、初めてのお客さんでもわかっちゃうんです。 それで以前の店でも気味悪がって、引くお客さんが多くいたんです」

「わかってもいわなきゃいいでしょう?」

「それが私、瞬間的にすぐ言葉に出しちゃうタイプなんです。 いつもいってしまってから後悔するんです……」

「そう、わかったわ。 で、他にもなんかあるでしょ?」

コナは目を丸くして「他にもって……?」

「具体的にわからないけど身体的に?」

「なんで、わかるんですか?」

「う~ん! 雰囲気がなんか……」

小さな声で「実は片玉なんです」

「えっ?」

「私、子供の頃なんですけど、睾丸に菌が入ってしまい、化膿してとっちゃったんです。片側だけ…… お金が貯まったら全摘手術しようと考えてます」

「私も似たような経験があるのよ、気に入った! 片玉のコナちゃん。 で、明日からでも働ける?」

「はい、働けます。 でも、片玉とい名はどうかと……」

こうして、コナはオネェの髭に勤めることになった。 スタッフに紹介された。

「今日から働いてもらう片玉のコナちゃんです。 コナちゃん、挨拶して」

「あのう、片玉って内緒にしてほしぃ……」

「いいのよ! 私だって片乳のエバなんだから、あんたも片玉で通しなさいよ」

「えっ、あっ、はいコナです。 宜しくお願いします」

「さっ、今日も忙しくなるわよ! お願いね」

こうしてコナの初日が始まった。 さっそく客がやってきた。

「山ちゃん、いらっしゃいませ」

「ママ、こんばんわ」

「山ちゃんどうしたの? 奥さんにでも逃げられた?」

「いやぁ、ママチョットいいかな……」

ママは察知した。

「あ、はい解りました。 奥へどうぞ」

ふたりは個室に入っていった。その様子をコナは不思議そうに見つめていた。 後ろからスタッフのアクビがニコニコしながらいった。

「コナちゃん、ママから個室のこと何も聞いてないの?」

「いえ、何にも……?」

アクビはコナに特別室の説明をひととおりした。

「……という訳なの。 コナちゃんも何かあったらママに相談するといいよ。 的確な答えが返ってくるわ。 ママはそっちの顔も凄いの」

コナはエバに特別な親近感を覚えた。 ママが戻りコナに話しかけた。

「アクビちゃんに聞いたと思うけど私には二つの顔があるの。 私もはじめはコナちゃんのように隠していたの、でも、途中で気が変わったわ。 少しでも人の話し相手になれるもなら、もしかして何かの役にたてるかなってね。 そして私、解ったのよ。 最終的に結論を下すのは相談者自身以外に無いって事を。 だから、私のやる事は相談者の話を聞くことと、ガイドの通訳だけ。それだけでいいの。 それが私の役目だとおもってるの。

それで吹っ切れたのよ。 コナちゃんにもきっと何かあるはずよ。 たぶんもうすぐ解ると思う。 自分の隠された能力。 私、漠然とだけどわかるんだ。 因みにアクビちゃんは、お客さんのオーラが視えるの。 お客さんのオーラを視て、その人の疲れ具合や身体の変調などが解るの。 その時のお客さんの体調を視て、水割りを薄めにしたり、場合によっては酒を飲ませないで帰ってもらったりするのよ。 そのことを知ってる常連さんは、この店を魔女屋敷って呼んでるわよ。

どこが魔女よ、失礼だと思わない…… まったく。

うちのお客さんは飲みに出た日の帰りに必ず寄ってくれるの。 そういう常連さんでこの店はもってるの。 コナちゃんも魔女屋敷にようこそね。

持って生まれた能力はどんどん使うべき。 それと、オカマやニューハーフには霊感の強い人が多いの、男女の性を超越していて人間の本質に目を向ける人が多いから」

コナは、自分の中で何かが弾けたのを感じた。 もっと早く、この人達と出会いたかったと心から思った。 コナが働きはじめ、ひと月が過ぎた頃。

店のドアが開いたコナが「いらっしゃいませ~」

コナには初めての客だった。

ママが「野田さん、いらっしゃいませ~。 ご機嫌よろしいようで、このこ、片玉のコナちゃんです。 先月から店で働いているの」

「コナです。 宜しくお願いします」

「コナちゃん。 こちら野田社長さん」

「あ、野田です。どうも」

アクビが「コナちゃん、ハイ」

青いグラスをコナに渡した。 青いグラスは水多めで酒を薄く作り、それ以外のグラスは普通に作る。 アクビが感じた客の体調のサインだった。

「初めまして~ 先月からお世話になってる片玉のコナで~す」

「また、怪物が一人増えたな。 僕は野田です。 まあ、コナさんも飲んで下さい」

「カンパ~イ!」二人は乾杯した。

次の瞬間コナの足が震えてきた。

「何だろう?」コナはママの顔を見た。

なにかを察知したママが咄嗟に「社長、今日、なに食べてきたの?」

「生の牡蠣とか刺身類だけど…… それがどうかした?」

「いえ、ごめんなさい」

「何だよ、急に」

「いえ、本当にごめんなさい」

三十分程して野田社長がトイレに頻繁に行くようになった。

ママが野田に言った「社長、申し訳ないけど病院に行かれたらどうかしら?」

「なんで?」

「ただの酒で酔ったのと違うようだけど…… 下痢もしてないですか?」

「うん、なんか腹の具合が……」

ママは近くの病院を紹介した。

数日後、ママの携帯が鳴った。

野田社長からだった「ママ、野田だけど、先日はありがとう。 病院で牡蠣が原因っていわれたよ。 おかげさまで処置が早かったから軽く済んだけど。 よく、あの段階で解ったね?  医者も感心してたよ」

「大事に至らないで良かった。お大事に。 立場上、私達はお見舞いに行けないけどごめんなさい。 良くなったら又、遊びに来てちょうだい。コナちゃんも心配してるから」

「うん、解った。必ず行くから。 今日はママにひとことお礼がいいたくて」

「わざわざありがとうございました。お大事に」

ママはコナの事を考えていた。

その日の夜、ママはコナに「今日、野田社長さんから電話があって牡蠣が原因だったらしいのよ。 コナちゃんに宜しくって言ってたわ。 元気になったら飲み直しに来ますって」

「大事にならないでよかった」コナが呟いた。

「コナちゃんさぁ、もっと早く解るようその能力なんとかしたいね」

「それ、私も前から思ってたんですけど、早くわかる方法がまだ……」

コナはすがりつくような目でママをじっとみつめた。

ママが「そうよね、私も解らないわ。 ハハハハ」

「いらっしゃいませ~」

男が一人入ってきた。

「あ、あ、あのう~エバさんておりますか?」

「はい、私エバですけど」

「エバさんていう方が、相談に乗ってくれるって聞いてきたんですけど」

「あっ、はい、どうぞこちらに」

アクビがお客を部屋に誘導した。 ママが後について行こうとした瞬間コナが言った。

「ママ、待って、何か変なの…… 行かないで!」

「コナ、何を感じたの?」

「あの人、怖い」

「ありがとう。注意する!」

ママは部屋に入っていった。 部屋の横でコナとアクビが聞き耳を立て控えていた。

「いらっしゃいませ。エバです」

「あっ、はい」

「どうしました?」

「ぼ、ぼ、僕は神の声が聞こえるんです」

「あっ、そうですかそれで何か?」

「あなたを救うようにって、啓示があったんです。 あなたを救うようにって?」

「私の何を救うんですか?」

部屋の横で聞いていたコナは胸の中で「ママ、相手にしないで」

「邪霊から」

「ご忠告ありがとうございます。 解りました。そういうことならうちのスタッフから邪霊を払ってもらいます。 助言、ありがとうございます」

部屋から出ようとした瞬間ママはその男に腕を捕まれた。

エバは強い口調で「何するの! その手を離しなさいな!」

側で聞いていたコナとアクビが部屋のドアを開け。

コナが叫んだ「おいこら、その手をさっさと離さんかい…… シバクぞ、おらボケ!」

男はコナの勢いに何も言えずその場に立ちすくんだ。 男の怯んだスキを見てママは部屋から出て来た。 その後で男は震えながら出て来た。

ママが「何なの? あんた」

「すいません、すいません」男はうずくまって動かない。

「いいわ、今日は許します。 今度また何かあったらすぐに警察呼ぶからね。 解ったらとっとと帰りな……」

男はすんなり帰っていった。 その後、店は何事もなかったように混んでいた。

閉店後三人は話した。

ママが「コナ、いざという時は事前に解るんじゃないのよ。 それにしてもあんた関西にいたの?」

「いえ、関西ヤクザの映画が好きで、咄嗟にあんな言葉が出てしまったの。 今、考えると私も怖い小便ちびりそう」

「ドスの効いた声で私の方が焦ったわよ。 ねえアクビ」

「ママもそう? 私も、こっちがびびるわよね……」

3人は腹を抱えて笑った。

「二人ともありがとうね。 よし、今日は私のおごりで、ぱあっとホストクラブに行こう!」

「さんせ~い!」


その数日後、店のオープンと同時に二人の厳つい男がやってきた。

「ごめんください、こちらにエバさんという方おられますか?」

「はい、エバは私ですが?」

「申し遅れました。私、こういう者です」

男は胸のポケットから手帳を出して見せた。 七曲署の刑事だった。

「この男に見覚えないですか?」

「あっ、この男はつい先だってこの店に現われて、私を悪魔から救うとか訳の解らないこといって、私の腕を捕まれたの。気持ち悪かったわよ。 あいつなにかやったの?」

「同じ事を他の店でもやってて、二日前に身柄拘束したんです。 その言い分が、オネェの髭のママの指示だって言ってるんです。 それで、確認の為お邪魔しました」

話しを聞いていたアクビとコナは吹き出した。刑事に事情を説明して聞かせた。

エバが「あいつ精神病院行き決定ね」

「まあ、最近こういう人間が多くてね! こちらは大事に至らなくてよかったですね」

そう言い残し刑事は帰った。

END