オネェの髭Ⅰ(短編集)

「ミナト電機Ⅲ(リアルビジョン)」

 ミナトはメモリービジョンの製造販売自粛を呼びかけた頃から、頭にもうひとつの構想があった。 その名はリアルビジョンの開発。

リアルビジョンとはその名の通りリアルなビジョンの再生装置という意味。 ヘッドホンに画像再生のメガネが付いた装置で画像は約100インチ大映画の迫力があり、DVDデッキの出力端子に差し込むだけの簡単操作。 ここまではパナソニー電機の商品と同じ仕組みだが、ミナトが考えた装置はリアルさがまったく違うのであった。

どう違うのかというとパナソニー電機の商品はビジョンを見る。 つまり、映画やテレビを視聴するという単なる二次元的な装置。 ミナトが開発したのは三次元感覚の装置。
風景映像を見ると、自分が実際にその場で体験しているような錯覚をリアルビジョンで体感させるというもの。

簡単にいうと睡眠中の夢と同じ臨場感をあじわえるというもので、従来のタイプが二次元の平面で、リアルビジョンは立体三次元の違いだった。 リアルビジョンで映画を見ると自分がその場面に完全に入り込むことが可能になる。 当然、自分の存在や言葉意思は相手には繋がらないので、あくまでも傍観者にすぎない。

パナソニー電機との大きな違いは、画面上の一部分に視点を集中するとその場面が全体像からクローズアップされるところが特徴。 例によって山田社長が呼び出された。 会社に来る時に簡単な映像の入ったDVDなりビデオを持参して欲しいとの依頼。

山田はミナト社長の発明に期待してやってきた。

「ミナト社長こんにちは。 今度は何の開発をなさったんですか? 社長の支持どおりDVDを持参しました」

「山田くん、今回のも面白いと思うんだが、説明は後にとりあえず見てみる?」

「はい、お願いします」

山田の好きなサイモン&ガーファンクルのコンサートDVDと映画スターウォーズのDVDを手渡した。 リアルビジョンにセットされ、サイモン&ガーファンクルのDVDが再生された。 最初はじっと静かだったが段々と身体をゆすりはじめ、次第にノリノリの様子になった。

ミナトは途中で停止ボタンを押した。

山田は不満そうな表情で「何で、辞めるんですか? これから明日に架ける橋だったのに……」

「いや、すまん、すまん。 僕にとっては暇なもんだから……」

二人は目を合わせて笑った。

「社長これは凄い、まるでサイモン&ガーファンクルのコンサートをその場で見ているようでした。 サイモンに集中するとサイモンだけがクローズアップされるんですね。 これは凄い。 このままスターウォーズ見ていいですか?」

山田はミナトの顔を視て「途中で止めます?」

「うん、止める。僕が退屈だから……」

途中で止めることなく最後まで見終わった。

「ミナト社長これは画期的ですね。 前作のメモリービジョンといい、素晴らしい発想です。で、今度の商品名は?」

「リアルビジョンにしようかと思ってる」

「そうですか。このリアルビジョンといい、ミナト社長の発想は藤子不二雄のドラえもんみたいですね。 いやぁ、ビックリです!」

「そうか、気に入ってもらえたようだね」

「リアルビジョンお披露目の前に君に相談したいことがあるんだ」

「……何ですか?」

「僕が懸念しているのが前のメモリービジョンのような負の効果なんだ。 それを一緒に考えてほしい。 前の場合は死んだ娘が忘れられず、メモリービジョン依存症になったご婦人がいたんだよね。 それで途中自粛したけど、このリアルビジョンはどうかな?」

「そうですねぇ、どちらも依存してしまうと一緒だと思うんですけど。でもそれいうとゲーム機だって同じこといえると思うんです。 こちらは、リアルな臨場感を楽しむということで僕は支障ないと思います。 特に環境DVDなど、いい景色を実感するのは精神上とってもよいと思いますし、身体の不自由な老人や障害者なんかは、このリアルビジョンで旅に行った気分になれ精神的にもいい製品だと思うのですが。 僕なら、妻と新婚旅行でヨーロッパ旅行に行った気分をもう一度味わいたいですよ。 DVDとリアルビジョンがあったら可能なんですから、僕は絶対肯定派にまわりますね。 感じ方の違いですから、否定したらきりがないと思います」山田の力強いアドバイスだった。


「そっか、山田くんにそう言ってもらえると自信がつく。 ありがとう。 最初の製品は君にプレゼントさせてもらうよ」

その二ヶ月後には電気屋で発売され、瞬く間に世界のヒット商品になった。 この商品を映画の世界に活かしたいとのことで、映画館造り専門の工事会社から商品開発の依頼も入ってきた。

ミナト社長はリアルビジョンの基本があるので、リアルビジョン再生機の劇場用開発の時間は要しなかった。 但し、映倫との取り決めでホラーと過激暴力等の映画は劇場で放映しないという条件が付いた。

自宅のホラー映画再生は自己責任になっていた。 この商品も、医療の分野でリラクゼーション効果のある映像を利用した医療の新分野を構築しようとしていた。

リアルビジョンを切掛けに世界は映像の分野で画期的な躍進をとげ、そして、リアルビジョンが世に出て六ヶ月が流れた。 ミナト社長のもとに手紙が届いた。

リアルビジョン開発者様

リアルビジョンで夢の世界、あるいは次元を越えた世界を、映像でみることは出来ないのでしょうか? 夢は人間がみるものつまり人間の大脳の視覚野が関係してます。 夢を記憶している脳の部位に働きかけて、夢の再現もしくは目が醒めてる状態で意識の視点を夢の中に置くことは出来ないものでしょうか?

というのも私は長年にわたり同じ夢に怯えております。 今度同じ夢をみた時は、その悪夢に立ち向かおうと思っております。 でも、実際にその夢を視た時は逃げようとする自分がおります。 夢の中とはいえ自分の情けなさで心痛めております。

もし、起きてるてる状態でその夢を再現出来たら、悪夢と闘いそして克服できると信じております。 なんとかリアルビジョンを改良できないものでしょうか? 私のように夢で悩んでいる人は多くいるはずです。 是非、リアルビジョンの改良開発お願いできないものかとお便りいたします。    川田みより


手紙を読んだミナト社長の技術屋魂に火が付いたと思ったが、今の段階では無理と感じた。
脳の世界は未知の領域が非常に多く、今だ医者でさえ不明の分野が多すぎる。 その一つが夢であった。 夢を視る脳の部位は解明できても夢を視る仕組みはさっぱり解らない。

予知夢や行った経験のない場所を視る人も多くいる。 それがどこから来るのかはっきりした解明がなされていない。 いくらミナトでも未知の領域は素人同然だった。


 そして、その手紙の事を忘れ半年が過ぎた。 昨夜遅くまで研究室に籠って働いていたミナトが夢でうなされ起きた。 夢の中で執ように見知らぬ男に追われるミナトがいた。
恐怖で足がすくみ、身動きできない自分がいたのだった。

夢から覚めたその瞬間半年前の手紙を思い出した。 朝食後、早めに研究室に入り、机の中からもう一度あの手紙を出して読んだ。

「よし、なんとかしてみるか……!」ミナトは呟いた。

例によって研究室に籠った。 まともな食事もとらず三週間が過ぎようとした。
研究室から大きな声が上がった。

「駄目だ!」

現段階で次元越えは無理と結論が出たのであった。 ミナトは初めて挫折感を味わった。

 END