六「覚醒の旅」
神エイジ五十五歳男性、妻子有り。職業タクシードライバー。 どこにでもいるごく普通の中年男性。
北国の冷え込んだ朝、エイジは客待ちで地下鉄駅横にタクシーを停車し客を待っていた。 そこに居眠り運転のダンプカーが後ろから追突するという事故が起きた。
完璧なダンプ運転手による過失だった。 エイジは病院へ救急搬送され精密検査の結果、腰の強打で全治二週間の診断が下された。 事故の大きさからすると軽傷で済んだ。 が、事の始まりはここから起こった。
エイジは事故以来、尾てい骨が熱く感じられ、背骨に沿って蟻が這うようなチクチク感を感じた。 時には背中が火で炙られたかのような感じや、水の入ったバケツの水を突然背中に掛けられたような冷たい感じもした。 医者にいくら訴えても「異常は見あたりません」といつも同じ答えだった。
異常はそれだけでは無かった。
胸の辺りが急に熱くなったり、頭のてっぺんが若干盛り上がったかのような感があった。 それは肉体の感覚であり医師には相談してないが他にも異変はあった。 急に目の前の景色が光り輝いたり、相手の考えてることや行動が事前に解ることにも気が付いていた。
エイジは自分が事故を契機に完全に気が触れたと思い、暗く重い日が続いたかと思ったら急に全てが至福に満たされ光の世界に入ったかのように感じられ、自分と全てが一体化されたような感じさえあった。 天国と地獄が自分のなかで入り交じった感が憂鬱に思い、自分で自分をコントロール出来なくなっていた。
「何だ、この感覚? どうなってる俺の頭? 誰に相談すればいい? 精神科にも一度受診したが事故の後遺症と診断されて精神安定剤を処方された。 俺は精神疾患なのか?」エイジは心底困っていた。
事故からふた月が過ぎ身体は完全に回復し、仕事にも復帰したが、お客さんが行き先を告げる前に行き先が解ってしまったり。 客との会話も言葉の嘘や虚栄が多くてエイジはだんだん辛く思えてきた。
話す言葉と心の声が全く違ったり、客同士の会話でさえ本音と建て前の違いが解ってしまい、自分とは関係ないと言聞かせても仕事がどんどん辛くなってきた。
そんなある日、雑誌を見に書店に入った。 エイジは何かに誘導されるかのように宗教思想の売り場に立っていた。
「なんでこんな売り場に……?」
何気なく取り上げた本が[クンダリーニ覚醒のプロセス]という題名の本だった。 ページをめくっていて突然、目が釘付けとなった。 本に書かれている体験とエイジが事故後経験した不可思議な体験が、本の内容とほぼ一致していたのであった。 さっそく購入し一日で読破した。
「そうか、そういうことだったのか」
エイジは何となく原因が解った。本に書いてあるように、このままクンダリーニを頭頂から抜けさせて悟りの境地を目指すことに決めたのだった。 妻のムラサキに今までの事情とこれからのことを話して聞かせた。
最後に「今後一週間は食事は要らないし、部屋にひとりにして欲しい。 外と完全に遮断したい。 万一この方法が失敗したときは人間破壊が起きる可能性もある」そうムラサキに説明し許可を求めた。
結婚して三〇年間、今までこんなに真剣なエイジをムラサキは見たことはなかった。 ムラサキはエイジの意向に従う決意し伝えた。
その後エイジは会社を退職し部屋に籠もることになった。 部屋は小電球の明かりだけで最低限の明るさにし、その薄暗い部屋でひとり行に入った。 手元にあるのはその本だけだった。
最初のうちはもっぱら呼吸法に時間を費やし、だんだん慣れてくると呼吸と同時に胸の辺りにぼんやりとチャクラの輝く光が見えた。 数日経ちその頃には眉間に意識を集中すると色は違うが、ぼんやりとしたチャクラの光が心地よく感じた。 と同時に自分の奥深いところにある自分と重なる方法も憶えた。
本とは若干違うところもあるが、それは個性の違いだということも解った。
やがて尾てい骨のチャクラから登ってきたエネルギーは、頭頂を貫き天に向かって伸びた。 同時にエイジの肉体はその衝撃で気絶していた。
意識だけは至福に満たされハッキリとしていた。 次の瞬間、意識が地球の外に飛び宇宙と一体になり、そして自分のこの地球が生まれて去るまでのビジョンと自分の地球上での今までの輪廻転生までもが全て思い出された。
「宇宙即我」どこかで聞いた事がある。 この感覚だったのか……。
今のエイジにピッタリの言葉であった。
その後エイジは部屋を出た。 妻のムラサキは変身したエイジを黙って迎え入れた。
「お疲れ様でした」ムラサキがいうとエイジは涙顔で黙ってうなずいた。 二人の会話はそれだけで全てを物語っていた。
覚醒を果たしたエイジには恐れという感情は消えていた。 そこにあるのは、あるがままにある。 言葉では説明できない世界観だった。
それからのエイジは数週間というもの何やら別世界を堪能してるかのように見え、端から見ると宙に浮いたようなエイジがそこにあった。 当のエイジが忘れていた事や、この世での自分や家族の出会いの奥深い経緯など一つ一つ確かめていた。
ひととおり確認を終えたエイジは脱皮した蝉のように自由の身となった。
覚者となったエイジの中には、もはや葛藤が無かった。 葛藤が無いという事は考えも行動も自由でありなんでも出来る、つまり制限や制約のない自分がそこにあった。 自分を縛るものが無いという意識状態になっていた。
エイジはムラサキとの会話でとりあえず本を書こうということになり執筆活動を始めた。 書きたい事は何も無かったがパソコンの前に座りキーボード上に手を乗せると文章が浮かんできた。 その文章をキーボードで叩くという方法で本を執筆した。
一冊目は4日間で原稿用紙二百ページを打ち込み、ムラサキが編集を手伝うという方法で出来上がった。
その内容は大まかに、これからの人間と地球の在り方というものだった。 実際に近未来の地球を垣間見てきた者だからこそ描ける内容になっていて、おもしろおかしく書き上げていた。
他にも意識と制限の問題に触れた内容も多くあった。 書店から出版されるまで二年の歳月が流れ、その後エイジの元に読者からの問い合わせや相談が増え、講演会も不定期ではあるが開催された。
その講演会は本の執筆と同様、題材は直前になって決まるというもの。
「今日は僕の講演に来て頂きありがとうございます」ここから半トランス状態が始まり言葉が勝手に口を付いて出て来るのだった。
今日も要請で講演会がありエイジは出向いた。
「今日は近未来の事についてお話しさせて下さい。 近未来の地球は一定の期間、具体的にいうと今から二十数年後までに二つに分かれる事になります。
一方は今の世界の在り方を良しとする人たちの地球であり、もう一方は人間本来のありかた、つまり霊的な意味合いの生き方をする人たちの地球。 この両方の地球に別れる可能性がおおきいです。 残念ながら親兄弟、配偶者でさえも一緒の世界に暮すとは限りません。
どういう事かというと、各々が自分の居心地の良い世界に住む事になるんです。物質欲の強い思考の人はそのような人の多い居心地の好い世界を選びます。
自分で自分をつくろったり、自分に嘘はつけないから普段の思いがそのまま表面に出ます。
そしてそのような世界を選ぶんです。好きだから。 これはどちらの世界も同じで好きな方を選択します。 嘘や建前等は絶対に通用しません。 それが本来の魂の法則だからです。
宗教用語は使いたくないのですが、今までの地球では地獄で仏という言葉があります。 どんなに辛いと思っても必ず助けてくれる人に巡り会えるという意味ですが、今後の世界では地獄的意識は地獄へ移行します。 誰も助けてくれません。
そして近い将来は地獄の様な世界も消滅します。 残るのはバージョンアップした地球になります。 キリスト教では「神が審判を下す」とありますが神は審判を下しません。 全ては自分で自分を裁く事になります。
もう一度言います。 嘘や偽りが絶対に通用しない世界が今後の世界です。 葛藤や障害の無い世界が待っています。 それが近未来の地球意識の在り方です。今後、 地球は分離して二つの道を歩みます。
その後、片方はやがて姿形が視えなくなり、残った地球が今後の地球の在り方で、礎となります。 その時、今のこの文明を振り返りこう思うでしょう。
猿が文明を創っていた世と。 それほど今後に残る文明は霊的に目覚めた文明となるでしょう。 ただし、未来は未確定ですから、今の心のありかたがまったく新しい世界を作り出す可能性は充分あります。
最重要なのは今です。
今!
双方どちらを選ぶのも自由。 その為に皆さんはこの地球へ転生して来たのです。 これからの在り方について色々なことが言われてますが、私の口からは宇宙時代の到来とだけ言わせてもらいます。 どの世界を選ぶのもあなた次第です。 今までの集団意識的常識は通用しませんから、内なる自分を信用して新しい時代を迎えて下さい。 ありがとうございました」
エイジは数年間活動し、晩年は妻と二人で田舎に移り住み土に戯れて晩年をむかえた。
END
神エイジ五十五歳男性、妻子有り。職業タクシードライバー。 どこにでもいるごく普通の中年男性。
北国の冷え込んだ朝、エイジは客待ちで地下鉄駅横にタクシーを停車し客を待っていた。 そこに居眠り運転のダンプカーが後ろから追突するという事故が起きた。
完璧なダンプ運転手による過失だった。 エイジは病院へ救急搬送され精密検査の結果、腰の強打で全治二週間の診断が下された。 事故の大きさからすると軽傷で済んだ。 が、事の始まりはここから起こった。
エイジは事故以来、尾てい骨が熱く感じられ、背骨に沿って蟻が這うようなチクチク感を感じた。 時には背中が火で炙られたかのような感じや、水の入ったバケツの水を突然背中に掛けられたような冷たい感じもした。 医者にいくら訴えても「異常は見あたりません」といつも同じ答えだった。
異常はそれだけでは無かった。
胸の辺りが急に熱くなったり、頭のてっぺんが若干盛り上がったかのような感があった。 それは肉体の感覚であり医師には相談してないが他にも異変はあった。 急に目の前の景色が光り輝いたり、相手の考えてることや行動が事前に解ることにも気が付いていた。
エイジは自分が事故を契機に完全に気が触れたと思い、暗く重い日が続いたかと思ったら急に全てが至福に満たされ光の世界に入ったかのように感じられ、自分と全てが一体化されたような感じさえあった。 天国と地獄が自分のなかで入り交じった感が憂鬱に思い、自分で自分をコントロール出来なくなっていた。
「何だ、この感覚? どうなってる俺の頭? 誰に相談すればいい? 精神科にも一度受診したが事故の後遺症と診断されて精神安定剤を処方された。 俺は精神疾患なのか?」エイジは心底困っていた。
事故からふた月が過ぎ身体は完全に回復し、仕事にも復帰したが、お客さんが行き先を告げる前に行き先が解ってしまったり。 客との会話も言葉の嘘や虚栄が多くてエイジはだんだん辛く思えてきた。
話す言葉と心の声が全く違ったり、客同士の会話でさえ本音と建て前の違いが解ってしまい、自分とは関係ないと言聞かせても仕事がどんどん辛くなってきた。
そんなある日、雑誌を見に書店に入った。 エイジは何かに誘導されるかのように宗教思想の売り場に立っていた。
「なんでこんな売り場に……?」
何気なく取り上げた本が[クンダリーニ覚醒のプロセス]という題名の本だった。 ページをめくっていて突然、目が釘付けとなった。 本に書かれている体験とエイジが事故後経験した不可思議な体験が、本の内容とほぼ一致していたのであった。 さっそく購入し一日で読破した。
「そうか、そういうことだったのか」
エイジは何となく原因が解った。本に書いてあるように、このままクンダリーニを頭頂から抜けさせて悟りの境地を目指すことに決めたのだった。 妻のムラサキに今までの事情とこれからのことを話して聞かせた。
最後に「今後一週間は食事は要らないし、部屋にひとりにして欲しい。 外と完全に遮断したい。 万一この方法が失敗したときは人間破壊が起きる可能性もある」そうムラサキに説明し許可を求めた。
結婚して三〇年間、今までこんなに真剣なエイジをムラサキは見たことはなかった。 ムラサキはエイジの意向に従う決意し伝えた。
その後エイジは会社を退職し部屋に籠もることになった。 部屋は小電球の明かりだけで最低限の明るさにし、その薄暗い部屋でひとり行に入った。 手元にあるのはその本だけだった。
最初のうちはもっぱら呼吸法に時間を費やし、だんだん慣れてくると呼吸と同時に胸の辺りにぼんやりとチャクラの輝く光が見えた。 数日経ちその頃には眉間に意識を集中すると色は違うが、ぼんやりとしたチャクラの光が心地よく感じた。 と同時に自分の奥深いところにある自分と重なる方法も憶えた。
本とは若干違うところもあるが、それは個性の違いだということも解った。
やがて尾てい骨のチャクラから登ってきたエネルギーは、頭頂を貫き天に向かって伸びた。 同時にエイジの肉体はその衝撃で気絶していた。
意識だけは至福に満たされハッキリとしていた。 次の瞬間、意識が地球の外に飛び宇宙と一体になり、そして自分のこの地球が生まれて去るまでのビジョンと自分の地球上での今までの輪廻転生までもが全て思い出された。
「宇宙即我」どこかで聞いた事がある。 この感覚だったのか……。
今のエイジにピッタリの言葉であった。
その後エイジは部屋を出た。 妻のムラサキは変身したエイジを黙って迎え入れた。
「お疲れ様でした」ムラサキがいうとエイジは涙顔で黙ってうなずいた。 二人の会話はそれだけで全てを物語っていた。
覚醒を果たしたエイジには恐れという感情は消えていた。 そこにあるのは、あるがままにある。 言葉では説明できない世界観だった。
それからのエイジは数週間というもの何やら別世界を堪能してるかのように見え、端から見ると宙に浮いたようなエイジがそこにあった。 当のエイジが忘れていた事や、この世での自分や家族の出会いの奥深い経緯など一つ一つ確かめていた。
ひととおり確認を終えたエイジは脱皮した蝉のように自由の身となった。
覚者となったエイジの中には、もはや葛藤が無かった。 葛藤が無いという事は考えも行動も自由でありなんでも出来る、つまり制限や制約のない自分がそこにあった。 自分を縛るものが無いという意識状態になっていた。
エイジはムラサキとの会話でとりあえず本を書こうということになり執筆活動を始めた。 書きたい事は何も無かったがパソコンの前に座りキーボード上に手を乗せると文章が浮かんできた。 その文章をキーボードで叩くという方法で本を執筆した。
一冊目は4日間で原稿用紙二百ページを打ち込み、ムラサキが編集を手伝うという方法で出来上がった。
その内容は大まかに、これからの人間と地球の在り方というものだった。 実際に近未来の地球を垣間見てきた者だからこそ描ける内容になっていて、おもしろおかしく書き上げていた。
他にも意識と制限の問題に触れた内容も多くあった。 書店から出版されるまで二年の歳月が流れ、その後エイジの元に読者からの問い合わせや相談が増え、講演会も不定期ではあるが開催された。
その講演会は本の執筆と同様、題材は直前になって決まるというもの。
「今日は僕の講演に来て頂きありがとうございます」ここから半トランス状態が始まり言葉が勝手に口を付いて出て来るのだった。
今日も要請で講演会がありエイジは出向いた。
「今日は近未来の事についてお話しさせて下さい。 近未来の地球は一定の期間、具体的にいうと今から二十数年後までに二つに分かれる事になります。
一方は今の世界の在り方を良しとする人たちの地球であり、もう一方は人間本来のありかた、つまり霊的な意味合いの生き方をする人たちの地球。 この両方の地球に別れる可能性がおおきいです。 残念ながら親兄弟、配偶者でさえも一緒の世界に暮すとは限りません。
どういう事かというと、各々が自分の居心地の良い世界に住む事になるんです。物質欲の強い思考の人はそのような人の多い居心地の好い世界を選びます。
自分で自分をつくろったり、自分に嘘はつけないから普段の思いがそのまま表面に出ます。
そしてそのような世界を選ぶんです。好きだから。 これはどちらの世界も同じで好きな方を選択します。 嘘や建前等は絶対に通用しません。 それが本来の魂の法則だからです。
宗教用語は使いたくないのですが、今までの地球では地獄で仏という言葉があります。 どんなに辛いと思っても必ず助けてくれる人に巡り会えるという意味ですが、今後の世界では地獄的意識は地獄へ移行します。 誰も助けてくれません。
そして近い将来は地獄の様な世界も消滅します。 残るのはバージョンアップした地球になります。 キリスト教では「神が審判を下す」とありますが神は審判を下しません。 全ては自分で自分を裁く事になります。
もう一度言います。 嘘や偽りが絶対に通用しない世界が今後の世界です。 葛藤や障害の無い世界が待っています。 それが近未来の地球意識の在り方です。今後、 地球は分離して二つの道を歩みます。
その後、片方はやがて姿形が視えなくなり、残った地球が今後の地球の在り方で、礎となります。 その時、今のこの文明を振り返りこう思うでしょう。
猿が文明を創っていた世と。 それほど今後に残る文明は霊的に目覚めた文明となるでしょう。 ただし、未来は未確定ですから、今の心のありかたがまったく新しい世界を作り出す可能性は充分あります。
最重要なのは今です。
今!
双方どちらを選ぶのも自由。 その為に皆さんはこの地球へ転生して来たのです。 これからの在り方について色々なことが言われてますが、私の口からは宇宙時代の到来とだけ言わせてもらいます。 どの世界を選ぶのもあなた次第です。 今までの集団意識的常識は通用しませんから、内なる自分を信用して新しい時代を迎えて下さい。 ありがとうございました」
エイジは数年間活動し、晩年は妻と二人で田舎に移り住み土に戯れて晩年をむかえた。
END



