五「トップセールス」
新井田マサオ四十五歳、職業住宅リフォームの営業。 営業一筋二十年の超ベテラン。 人はマサオを営業になる為に生まれてきた人間と評した。
マサオは二十五歳で車の営業を始め、高度成長時代のおかげもあって、カタログひとつで二百万円の車を月五十五台はコンスタントに販売してきた。
ある時、同僚のクニオがマサオに「新井田君はどうしてそんなに売りまくるわけ? 俺さあ、部長から今月十台売らないと来月は解雇と言われたんだ」
クニオはセールスのコツを始めてマサオに尋ねてきた。
「コツなんて無い。 しいて言えば話し好きの客には聞き役を、寡黙な客には多少雄弁に接して相手の空気を読み、出来るだけ時間を掛けずにたたみ込むようにしてるだけだよ。 特別なテクニックって無いさ。営業はクニオ君のほうが上手だと思ってるよ。 車の事も僕なんかよりもよく知ってるし……」
クニオはますます疑心暗鬼になった。
マサオは続けた「クニオ君はもしかしてやたら車の説明を客にしてない?」
「……確かにそういわれたら思い当あたるけど……それがなにか?」
「いや、客は車の事は既に調べ上げた上でここに来てると思うんだ。
いや僕達以上に詳しいかも知れない。 だからそれ以外のなにかがあるのかもね。ちなみに僕はいつも車の説明は殆どしてないよ。 聞きたい事あったらパンフを読むかネットで調べてっていってるけどね」
「うそっ! 車屋なのに車の説明なしなの?」
マサオは付け加えた「営業っていうのは何を売るかでなく、いかに自分を売るかが営業の仕事だと思うんだけど」
その後、クニオは成績を伸ばし名実ともにトップセールスとなった。
マサオは車の販売、二十八ヶ月連続日本一位の実績を納め、将来を有望視されたが二十九歳の誕生を境に辞職した。
次にマサオが営業職として選んだのは、住宅リフォームの訪問販売会社だった。 この業界は典型的な強引な売り方と悪徳商法を主とした業者も少なからずあった。
マサオが入社したのは「HMペイント」という塗装屋。 当然営業。 一般住宅専門の塗装会社で、家を遮熱し保護するという商品がメインの塗装。
販売方法は訪問販売。 売り方は自由。 金額は大きさ形によって価格が決定され、それ以上は売っただけ営業の利益になるというもの。 マサオは訪問販売は初めての経験であったが、持ち前の笑顔と人なつっこさが効をそうし、ここでも入社数ヶ月でトップの成績を収めた。
そんなある日のこと、新人の佐藤大輔くんに営業のノウハウを教えてほしいと会社から頼まれた。
「佐藤大輔と申します。 二十五歳、宜しくお願いします」
「新井田です。 皆はマサオと呼びます。 宜しく」
二人は住宅地に到着した「今日は僕の後を黙ってついてきて雰囲気を読んでね。 僕は教えるのが苦手だから見ていて下さい。 それだけ」
「はい!」
それから二人は住宅地に入り仕事を開始した。
「今日はここから始めます」
二人は住宅地を歩き回って、午後三時には契約を一件取った。
「はい、これで今日は終了です」
「えっ! まだ三時ですし二十件ぐらいしか訪問してませんけど……」
「うん、僕は件数や時間は関係ないの。 集中が途切れたらそこで終わりにしてる。 人それぞれのやり方があるからね。 ところでなにかひとつでも興味ある事あった?」
「訪問販売は軒並み訪問すると思ってたけど、新井田さんは違う様な気がしましたが……」
「それは、塗装パターンの家を探してるんだ」
「パターンですか?」
「うん、例えば塗装は壁を保護するのと、外観を綺麗にするというのが大きなポイントだよね。 つまり外壁の綺麗な家には訪問しない。 当然綺麗な家でも話さないと解らない。 けど、確率からいうと少ない。 僕の場合はとりあえず無視します。 低い可能性に掛ける時間がもったいないからね。
次に家の周りが整理されていない住宅は無視します。 その気はあっても予算が無いとか、子供が小さくて家の周りに気が廻らない人が多いから。 家に気を配る人は生活に余裕のある人と老夫婦の世帯が比較的多いよ。 それと会話をしていて聞く側が頭を傾げて聞いていたら、話を聞いていない証拠だよ。 他にも沢山の判断基準がある。 借家の場合は庭を手入れしていない家が多い。
そういう風に絞って訪問するから僕の場合、量より質を取るのさ。 最初は僕も軒並み訪問したよ。 でもポイントが解ったら、 そのポイントをつく仕事をした方が簡単で効立的な事が解ったんだ。 ダイスケ君もこの仕事をやるなら自分にあった方法を考えるといいよ」
ダイスケはマサオの言葉を一字一句噛みしめた。
マサオはそれからしばらくはダイスケの質問攻めにあった。
ダイスケは入社三ヶ月でマサオに次ぐ成績になり、部下も与えられ教育する立場となった。
やがてマサオは訪問販売の業界を去るときがきた。 最終日の朝礼でマサオはこんな話をした。
「僕は今日で訪問販売を卒業します。 最後にこの商売で培ったポイントをひとつだけみなさんに伝授します。 それは、売ろうとしない事。 客と息を合わせる事が最大のポイント。 これは僕の見解ですけどね、偉そうなこと言ってすみません。 今日までお世話になりました。 の会社と皆さんには感謝します。 ありがとうございました」
マサオは入社から退社までトップの成績だった。
END
新井田マサオ四十五歳、職業住宅リフォームの営業。 営業一筋二十年の超ベテラン。 人はマサオを営業になる為に生まれてきた人間と評した。
マサオは二十五歳で車の営業を始め、高度成長時代のおかげもあって、カタログひとつで二百万円の車を月五十五台はコンスタントに販売してきた。
ある時、同僚のクニオがマサオに「新井田君はどうしてそんなに売りまくるわけ? 俺さあ、部長から今月十台売らないと来月は解雇と言われたんだ」
クニオはセールスのコツを始めてマサオに尋ねてきた。
「コツなんて無い。 しいて言えば話し好きの客には聞き役を、寡黙な客には多少雄弁に接して相手の空気を読み、出来るだけ時間を掛けずにたたみ込むようにしてるだけだよ。 特別なテクニックって無いさ。営業はクニオ君のほうが上手だと思ってるよ。 車の事も僕なんかよりもよく知ってるし……」
クニオはますます疑心暗鬼になった。
マサオは続けた「クニオ君はもしかしてやたら車の説明を客にしてない?」
「……確かにそういわれたら思い当あたるけど……それがなにか?」
「いや、客は車の事は既に調べ上げた上でここに来てると思うんだ。
いや僕達以上に詳しいかも知れない。 だからそれ以外のなにかがあるのかもね。ちなみに僕はいつも車の説明は殆どしてないよ。 聞きたい事あったらパンフを読むかネットで調べてっていってるけどね」
「うそっ! 車屋なのに車の説明なしなの?」
マサオは付け加えた「営業っていうのは何を売るかでなく、いかに自分を売るかが営業の仕事だと思うんだけど」
その後、クニオは成績を伸ばし名実ともにトップセールスとなった。
マサオは車の販売、二十八ヶ月連続日本一位の実績を納め、将来を有望視されたが二十九歳の誕生を境に辞職した。
次にマサオが営業職として選んだのは、住宅リフォームの訪問販売会社だった。 この業界は典型的な強引な売り方と悪徳商法を主とした業者も少なからずあった。
マサオが入社したのは「HMペイント」という塗装屋。 当然営業。 一般住宅専門の塗装会社で、家を遮熱し保護するという商品がメインの塗装。
販売方法は訪問販売。 売り方は自由。 金額は大きさ形によって価格が決定され、それ以上は売っただけ営業の利益になるというもの。 マサオは訪問販売は初めての経験であったが、持ち前の笑顔と人なつっこさが効をそうし、ここでも入社数ヶ月でトップの成績を収めた。
そんなある日のこと、新人の佐藤大輔くんに営業のノウハウを教えてほしいと会社から頼まれた。
「佐藤大輔と申します。 二十五歳、宜しくお願いします」
「新井田です。 皆はマサオと呼びます。 宜しく」
二人は住宅地に到着した「今日は僕の後を黙ってついてきて雰囲気を読んでね。 僕は教えるのが苦手だから見ていて下さい。 それだけ」
「はい!」
それから二人は住宅地に入り仕事を開始した。
「今日はここから始めます」
二人は住宅地を歩き回って、午後三時には契約を一件取った。
「はい、これで今日は終了です」
「えっ! まだ三時ですし二十件ぐらいしか訪問してませんけど……」
「うん、僕は件数や時間は関係ないの。 集中が途切れたらそこで終わりにしてる。 人それぞれのやり方があるからね。 ところでなにかひとつでも興味ある事あった?」
「訪問販売は軒並み訪問すると思ってたけど、新井田さんは違う様な気がしましたが……」
「それは、塗装パターンの家を探してるんだ」
「パターンですか?」
「うん、例えば塗装は壁を保護するのと、外観を綺麗にするというのが大きなポイントだよね。 つまり外壁の綺麗な家には訪問しない。 当然綺麗な家でも話さないと解らない。 けど、確率からいうと少ない。 僕の場合はとりあえず無視します。 低い可能性に掛ける時間がもったいないからね。
次に家の周りが整理されていない住宅は無視します。 その気はあっても予算が無いとか、子供が小さくて家の周りに気が廻らない人が多いから。 家に気を配る人は生活に余裕のある人と老夫婦の世帯が比較的多いよ。 それと会話をしていて聞く側が頭を傾げて聞いていたら、話を聞いていない証拠だよ。 他にも沢山の判断基準がある。 借家の場合は庭を手入れしていない家が多い。
そういう風に絞って訪問するから僕の場合、量より質を取るのさ。 最初は僕も軒並み訪問したよ。 でもポイントが解ったら、 そのポイントをつく仕事をした方が簡単で効立的な事が解ったんだ。 ダイスケ君もこの仕事をやるなら自分にあった方法を考えるといいよ」
ダイスケはマサオの言葉を一字一句噛みしめた。
マサオはそれからしばらくはダイスケの質問攻めにあった。
ダイスケは入社三ヶ月でマサオに次ぐ成績になり、部下も与えられ教育する立場となった。
やがてマサオは訪問販売の業界を去るときがきた。 最終日の朝礼でマサオはこんな話をした。
「僕は今日で訪問販売を卒業します。 最後にこの商売で培ったポイントをひとつだけみなさんに伝授します。 それは、売ろうとしない事。 客と息を合わせる事が最大のポイント。 これは僕の見解ですけどね、偉そうなこと言ってすみません。 今日までお世話になりました。 の会社と皆さんには感謝します。 ありがとうございました」
マサオは入社から退社までトップの成績だった。
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