十「夢職人ミホコ」
私は夢職人ミホコ。 私の仕事は依頼者の夢の実現を手助けする事。 依頼者本人が望む職業は別世界(パラレルワールド)のもう一人の自分が既に手がけているケースが非常に多いわけ。 そこから情報を得てこちらの依頼者の深層意識に植え込む作業をします。
するとこちらの依頼者は約二ヶ月という短期間でそれを習得出来ます。 その後、依頼者は自分の望む才能を手に入れ、それを職業としたり趣味に活かしたり出来ます。
今のところクレームは一切ありません。 大まかな基本は私が作成しますが、あとは本人次第となります。 ここだけの話、歌手のヤエコやワタリはお客さんのひとりです。 芸術の世界ではH・山形もそう。 基本的に分野は問いません。
依頼者が頭でなりたいと考える人物や職業は既に、別世界(パラレルワールド)
の自分が経験してる可能性があります。 そこに行って意識を借りてきてこちらの依頼者の深層意識に植え付ける作業を約ふた月繰り返すやり方です。 別世界の自分が経験してない場合は見本になるお好みの人物の意識を植え付ける方法をします。 但し、前者よりも時間は多少掛かりますが基本的には可能です。
先だって文学好きの青年が来て「吉川英治を尊敬してるのでその意識を取り込んで小説を書きたい」との依頼があり引き受けました。 後日依頼者本人の書いた小説を見せてもらいましたが、作風は吉川英治そのもので、似すぎていて面白味に欠けていました。 だから全てが上手くいくとは限りません。
今日もひとりの依頼者が訪れた。
「ごめん下さい」
「はい、いらっしゃいませ。 どうぞお掛け下さい」
還暦をとうに過ぎたと思われる上品なご婦人。
「あのう、私は今年六十五歳になります。 子供の頃から助産師になるのが夢だったんです。 生命の誕生をこの手で受け止めたかったんです。 主人が公務員という事もあり転勤続きの為、ひとつの街で腰を据えてなにかを学ぶということが出来なかったんです。
この年齢では夢を実現出来ないのは解っていますが、せめて助産師さんの意識をあじわう事だけでも出来ないでしょうか?」
「確かにお客様の年齢から考えるとこれから仕事に従事するのは無理かも知れません」婦人は下を向いてしまった。
ミホコは今までの経験とご婦人の透視から方法を探った。
ミホコの目が輝いた「こういうのはどうでしょう? 別世界のお客様の中に詩人のお客様がおります。 その方もやはり生命の誕生に興味があるようです。その方の意識を取り入れてお客様も詩を作るんです。 普通の詩と違い生命の誕生を題材にして人間はもとより動物の誕生をも詩に託すというのはどうでしょうか?
年齢も環境も関係なくペンと紙があれば何処ででも出来ますし、ネットの上でしたら無制限に投稿したり出来ます。 当然、沢山の他人の目にも止まります。いかがですか?
諦めかけていたご婦人の目が輝いた。
ご婦人が言った「それはいい考えですね。 別世界に詩で表現している私がいるんですね? 私も実は詩が大好きで詩集を何冊も持っています。 自分では書かないけど不思議と詩に惹かれます。 ぜひその方法で宜しくお願いいたします」
それから二ヶ月が経ちご婦人はネットに投稿し始めた。 生命の誕生を表現したご婦人独特の感性が年齢を問わず好評で、それを見た出版社の目に止まり詩集の発売も決定したとミホコの事務所に最大級のお礼と、ひとつの詩が同封された手紙が届いた。
こんな依頼者もいた。
「僕は建築設計の仕事をしてます。 もう二十五年やってますが、僕の作品は日の目を見たことがありません。 多次元の僕で設計士は存在しないのでしょうか? 僕自身多少の才能はあると思うのですが、これだけやって認められないと自信喪失します。 もし多次元にいたらどんな具合か教えて下さい」
こういう類の相談は厄介だった。 才能が今生で開花するタイプと次の生で開花するタイプがあるからだった。 夢職人という商売と意味合いが違う質問だった。
「残念ですが、私の仕事と意図が違うようです。 そのご相談は別の方に相談なさって下さい」と断るしかなかった。
多次元の自分が認められていたとしても、こちらもそうなるとは限らないからである。 安易な事をいえないのもこの商売であった。
「僕は坂本龍馬を生涯の師と思っています。 その坂本龍馬の意識を取り込んで欲しいのです」
「はい、それは可能ですがひとつ聞かせて下さい。 あなたの尊敬する坂本龍馬は机上の彼なのか? それともあなたが足を使った上での実像に近い彼なのか? お聞かせ下さいませんか?」
「はい、映画や小説などで情報を得ましたがなにか?」
「そうですか。ひと言いいですか? 小説の龍馬はあくまでも作者の意識化での想像です。 特に過去の偉人は創作の法が多いようです。 もし実際と大きくかけ離れていたらあなたはどうなさいますか? 私が繋がる人物は作りものではなく、現実の坂本龍馬です。 小説のように格好いい龍馬とは限りませんがそれでも宜しいですか? 脅しではありません。 忠告と思って下さい。
彼と重なるということは全てを受け入れるという事です。
万一、期待と違った場合は少し厄介です。 なにせ深層意識の世界ですから。もういちど龍馬の事をよく調べた上でも遅くないと思います。 過去にヘミング・ウェイトンにあこがれたお客様がおられ彼を取り込んだんです。 私もその頃はまだ正直解っていなかったんです。
作品は確かにヘミング・ウェイトン風に書けました。 でも世間が英雄視する人間ヘミングウェイと実際は大きく違ったんです。 夜は電気を付けないとひとりで眠れないという臆病で気の小さな人物だったんです。
彼の小説は自分には無いあこがれをデフォルメした姿として書いていたんですね。 表向きと実際は大きく違ったのです。 その依頼者を元に戻すのに大変な思いをしました。 これはひとつの例ですが実際、著名人の方は私もよく解りません。 急ぐ事はありませんのでよく考えて下さい」
実像と虚像の違いは珍しいことではなかった。 特に書物になるような著名人や歴史上の偉人。 テレビや映画に出ている役者さんなどは、はあくまでも劇中の演者や、役者自身の思い描く虚像も多い。
それを知るミホコは極力お客様自身のパラレルワールドを勧めるようにしていた。 パラレルの自分は必ずどこかでこちらの自分と共通する部分がある事を知っていたからだった。
END
私は夢職人ミホコ。 私の仕事は依頼者の夢の実現を手助けする事。 依頼者本人が望む職業は別世界(パラレルワールド)のもう一人の自分が既に手がけているケースが非常に多いわけ。 そこから情報を得てこちらの依頼者の深層意識に植え込む作業をします。
するとこちらの依頼者は約二ヶ月という短期間でそれを習得出来ます。 その後、依頼者は自分の望む才能を手に入れ、それを職業としたり趣味に活かしたり出来ます。
今のところクレームは一切ありません。 大まかな基本は私が作成しますが、あとは本人次第となります。 ここだけの話、歌手のヤエコやワタリはお客さんのひとりです。 芸術の世界ではH・山形もそう。 基本的に分野は問いません。
依頼者が頭でなりたいと考える人物や職業は既に、別世界(パラレルワールド)
の自分が経験してる可能性があります。 そこに行って意識を借りてきてこちらの依頼者の深層意識に植え付ける作業を約ふた月繰り返すやり方です。 別世界の自分が経験してない場合は見本になるお好みの人物の意識を植え付ける方法をします。 但し、前者よりも時間は多少掛かりますが基本的には可能です。
先だって文学好きの青年が来て「吉川英治を尊敬してるのでその意識を取り込んで小説を書きたい」との依頼があり引き受けました。 後日依頼者本人の書いた小説を見せてもらいましたが、作風は吉川英治そのもので、似すぎていて面白味に欠けていました。 だから全てが上手くいくとは限りません。
今日もひとりの依頼者が訪れた。
「ごめん下さい」
「はい、いらっしゃいませ。 どうぞお掛け下さい」
還暦をとうに過ぎたと思われる上品なご婦人。
「あのう、私は今年六十五歳になります。 子供の頃から助産師になるのが夢だったんです。 生命の誕生をこの手で受け止めたかったんです。 主人が公務員という事もあり転勤続きの為、ひとつの街で腰を据えてなにかを学ぶということが出来なかったんです。
この年齢では夢を実現出来ないのは解っていますが、せめて助産師さんの意識をあじわう事だけでも出来ないでしょうか?」
「確かにお客様の年齢から考えるとこれから仕事に従事するのは無理かも知れません」婦人は下を向いてしまった。
ミホコは今までの経験とご婦人の透視から方法を探った。
ミホコの目が輝いた「こういうのはどうでしょう? 別世界のお客様の中に詩人のお客様がおります。 その方もやはり生命の誕生に興味があるようです。その方の意識を取り入れてお客様も詩を作るんです。 普通の詩と違い生命の誕生を題材にして人間はもとより動物の誕生をも詩に託すというのはどうでしょうか?
年齢も環境も関係なくペンと紙があれば何処ででも出来ますし、ネットの上でしたら無制限に投稿したり出来ます。 当然、沢山の他人の目にも止まります。いかがですか?
諦めかけていたご婦人の目が輝いた。
ご婦人が言った「それはいい考えですね。 別世界に詩で表現している私がいるんですね? 私も実は詩が大好きで詩集を何冊も持っています。 自分では書かないけど不思議と詩に惹かれます。 ぜひその方法で宜しくお願いいたします」
それから二ヶ月が経ちご婦人はネットに投稿し始めた。 生命の誕生を表現したご婦人独特の感性が年齢を問わず好評で、それを見た出版社の目に止まり詩集の発売も決定したとミホコの事務所に最大級のお礼と、ひとつの詩が同封された手紙が届いた。
こんな依頼者もいた。
「僕は建築設計の仕事をしてます。 もう二十五年やってますが、僕の作品は日の目を見たことがありません。 多次元の僕で設計士は存在しないのでしょうか? 僕自身多少の才能はあると思うのですが、これだけやって認められないと自信喪失します。 もし多次元にいたらどんな具合か教えて下さい」
こういう類の相談は厄介だった。 才能が今生で開花するタイプと次の生で開花するタイプがあるからだった。 夢職人という商売と意味合いが違う質問だった。
「残念ですが、私の仕事と意図が違うようです。 そのご相談は別の方に相談なさって下さい」と断るしかなかった。
多次元の自分が認められていたとしても、こちらもそうなるとは限らないからである。 安易な事をいえないのもこの商売であった。
「僕は坂本龍馬を生涯の師と思っています。 その坂本龍馬の意識を取り込んで欲しいのです」
「はい、それは可能ですがひとつ聞かせて下さい。 あなたの尊敬する坂本龍馬は机上の彼なのか? それともあなたが足を使った上での実像に近い彼なのか? お聞かせ下さいませんか?」
「はい、映画や小説などで情報を得ましたがなにか?」
「そうですか。ひと言いいですか? 小説の龍馬はあくまでも作者の意識化での想像です。 特に過去の偉人は創作の法が多いようです。 もし実際と大きくかけ離れていたらあなたはどうなさいますか? 私が繋がる人物は作りものではなく、現実の坂本龍馬です。 小説のように格好いい龍馬とは限りませんがそれでも宜しいですか? 脅しではありません。 忠告と思って下さい。
彼と重なるということは全てを受け入れるという事です。
万一、期待と違った場合は少し厄介です。 なにせ深層意識の世界ですから。もういちど龍馬の事をよく調べた上でも遅くないと思います。 過去にヘミング・ウェイトンにあこがれたお客様がおられ彼を取り込んだんです。 私もその頃はまだ正直解っていなかったんです。
作品は確かにヘミング・ウェイトン風に書けました。 でも世間が英雄視する人間ヘミングウェイと実際は大きく違ったんです。 夜は電気を付けないとひとりで眠れないという臆病で気の小さな人物だったんです。
彼の小説は自分には無いあこがれをデフォルメした姿として書いていたんですね。 表向きと実際は大きく違ったのです。 その依頼者を元に戻すのに大変な思いをしました。 これはひとつの例ですが実際、著名人の方は私もよく解りません。 急ぐ事はありませんのでよく考えて下さい」
実像と虚像の違いは珍しいことではなかった。 特に書物になるような著名人や歴史上の偉人。 テレビや映画に出ている役者さんなどは、はあくまでも劇中の演者や、役者自身の思い描く虚像も多い。
それを知るミホコは極力お客様自身のパラレルワールドを勧めるようにしていた。 パラレルの自分は必ずどこかでこちらの自分と共通する部分がある事を知っていたからだった。
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