ホームルームが始まる2分前、俺は自分の席に着いた。いつも遅めの登校だ。



「楓アウト!」と、ゲラゲラ笑いながら俺をからかってくる奴
は友達の高松勇気。面白くてクラスでも中心人物だ。




「いや、セーフだろ!」




俺は叫ぶ。すると、クラス中が笑いにつつまれた。いつもこんな何気ない俺たちの会話が笑いに変わるが、悪い気はしない。むしろとても楽しくて、俺にはなくてはならない時間だ。



教室に先生が入って来て出席を取り始める。俺の席は、真ん中の一番後ろだ。隣の席の奴は居るのだが、何て言うか、学校に来ない奴だ。何があったのかは知らないが登校を拒否しているらしい。噂によると、いじめにあったとか、病気とか、いろいろ言われている。もちろん俺は、それらすべてを信じているわけではないが、理由はなんであれ、別に嫌だとは思ってはいない。学校に来るも来ないも人それぞれだ。




ホームルームが終わると勇気がやって来て、昨日見たテレビの話で盛り上がった。俺たちの周りはいつも賑やかでとても楽しい。男女問わずたくさんの話が行き交うので、話のネタが豊富だ。



「昨日の音楽番組見た〜?」一人の女子が言った。




「あ〜!見た見た!!すごい良かったよな〜!」と勇気が言う。皆がうんうんとうなずいて、昨日の音楽番組について話始めた。だが、俺は音楽番組はあまり見ない方なので、皆の話を聞きながら、ただ笑いながらうなずいていた。俺は音楽をあまり聞かないのだ。




話をしているうちに、一限目の数学の先生が入ってきて生徒達は自分の席につき始めた。授業が始まり俺はいつもの様に教科書とノートを出して、黒板に書かれた文字をうつしていった。



時間というものはとても早く、いつの間にか学校は終わり帰路についていた。昨日と同じ道を歩き、昨日と同じような事を考える。



今日も明日も明後日もこうやってなんの刺激もないまま、ただそれが当たり前のように過ぎていくのだ。




夕日が俺を赤く照らしながら西の空に消えていく。辺りが暗くなり、道の蛍光灯がチカチカと明かりをともし始めた。




その光景をボーと見ていた時、何故か俺は昨日の出来事を思い出したのだった。




「アイツ…」




ボソッと呟く。そして、道の真ん中で目を閉じ、アイツのことを思い出そうとする。




深く被ったフード。短く、黒い髪。綺麗な声。そして、ギター。




アイツは一体何者なのだろうか。




いろんな人と関わるこはあるが、一瞬会っただけでこれほどまでに興味を抱いたことは1度だって無かった。それが、一目惚れや恋愛感情では無いことは自分でも分かる。ただ単に、アイツには人を惹き付ける「何か」が有るのだ。俺にはまだそれが何か分からない。だからこうやってモヤモヤとした気持ちになるのだ。




「あの…」




と、後ろから声をかけられた。ビックリして俺はすぐさま後ろを振り返る。その声には聞き覚えがあった。




「あ、はい…」と俺は少し怯えたような声で答えた。こんなにタイミングよく、しかも俺に話しかけてくるなんて、タイミングが良いのか、悪いのか。




俺はさっき頭の中で考えていた事が彼女に伝わっていないか、少し考えすぎてしまう。誰だって考えた事があるだろう。実は相手には特殊な能力が備わっていて、もしかしたら自分が秘密に頭の中で考えていた事が全部相手に伝わってしまっているかもしれない、と。




恐る恐る彼女を見る。すると、




「何ですか?」と、鋭い目線を俺に向けてきた。




「いや…」




俺はその目線に耐えられず、あまり彼女を見ないようにした。すると、彼女が口を開いた。




「あなた昨日の人でしょ?」




「あーはい、昨日ぶつかりましたね~」と、俺は笑いながら言う。この笑いは無理やり作ったものだ。彼女には妙な雰囲気があるため、何故かいつもの様にならない。




「昨日はごめんなさい」




彼女は俺の目をちゃんと見て、俺に謝った。昨日の態度からは想像もつかないくらいちゃんとした謝り方だった。今の彼女はフードも被っていないし、鋭い目もしていない。俺の目をちゃんと、真っ直ぐ見ている。さっきの鋭い目線はどこえやら。




「いや、謝らないでください、あれは俺の不注意ですし」




「あたしの不注意です、それとあの態度は本当にごめんなさいです」




昨日のインパクトが強すぎたため、俺は少し混乱した。




「まぁ、お互い様ですよ」と、俺は彼女に言い、話をまとめた。




すると、何も無かったかのように、




「では」と、言い残し彼女は俺に背を向け帰ろうとした。俺は反射的に彼女の背中を見る。無い。ギターが無い。毎日無意味に持ち歩いてる人なんてあまりいないと思うが、俺は、聞いてみた。




「ねぇ、ギターは?」




俺がその言葉を発した瞬間、気のせいかもしれないが、彼女の背中が少し悲しそうに見えた。彼女は、俺が不意に思った事を軽く吹き飛ばすように勢いよく振り向くと、これ以上なく、ニコォと笑い、




「ギターは、壊して、捨てました。」と、この上なく幸せそうに言ったのだった。