第一夜「祝津の猫」

 北の町小樽にある祝津漁港。イカ漁を終え色とりどりの大漁旗を掲げた船団が帰港してきた。

港では、帰港船を待つ家族が、網下ろしの準備をしていた。漁協の裏手で一匹の三毛猫が「お~い皆の衆、ちょっこら集まってくんねぇだか!ミャァ……」

声の主は、この漁港を仕切る猫の大将ニャン吉。 一番先に駆けつけたのはオス猫のジン平。

「ニャン吉大将どうかしましたニャ?」

「おう、ジン平か、相変わらずおまえは速いのう……みんなが集まってから話するだで、ちょっこら待っとってくれ……ニャ」

「ニャッ!」

ニャン吉のひと声で十数匹の猫が集まってきた。

「おう、突然すまんニャんだ。今日はみんなに相談があって集まってもらったんじゃ」

ニャン吉はいつになく真剣で、仲間達はただ事ごとではないと感じた。

「じつは昨日の夜なんだが、赤岩のヤング親方が突然ワシのところにやってきてこんなこと言ったんじゃ。
そのヤング親方もカモメ集から聞いた話らしいが、 なんでも札幌方面から三十匹ほどのガラの悪い猫の集団がこの祝津方面を目ざしてきているらしい。 それも途中の港を力で制圧しながら移動してるという話しじゃ。 奴らは、この赤岩や祝津を占拠し、奴らの息の掛かった若衆の配下にしようと企んでるらしい。 目的は札幌と小樽方面を一手に仕切ることで、縄張りの拡大を図るらしい。 銭函や朝里も陥落され、あと二日以内にはこの辺まで攻め入るのではないかという話だ……」

小柄なメス猫のメグが毛繕いしながら「……なんで?」

ハマが「そんなことハッキリしてるミャ…占拠だニャ!。
この祝津を縄張りにして食べ物や土地を自分らのものにする企みだべ」

メグが「なんでニャ?」

ニャン吉が「メグ、それはあとでハマに個人的に説明してもらえ。 オラが言いてぇのは、我らの対応をどうするかっていうことだニャ」

ミミが「占拠されたらどうなるミャ?」

ニャン吉はうつむきかげんに「これはわしの憶測だが、今までのようにのんびりとこの辺を歩いたり、毛繕いするわけにいかんべな……場合によってはここを去ることになりかねない。 わしらや男衆は殺されるか、よくてこの地から追放だろうな……」

クニオが「そっだらこと許されねぇだ・・・おら嫌んだ」

ニャン吉は視線を下に向け黙って聞いているメスの
アマテルに声をかけた。

「アマテルはどう思うニャ?」

うつむいて聞いていたアマテルが顔を上げ口を開いた「ハイ、私は基本的に戦いは好みません。 というか先祖の代から何十年も平和にやってきました。 なんで人間界のような戦いをするのか意味がわかりませんミャ」

ニャン吉が「それもそうだが銭函や朝里が……」

アマテルが「わかりましたニャン吉大将。私が朝里までひと走りして、どんな状況か見てまいります。 その上で対応を考えてはどうでしょうか? 半日もあれば戻れます。 必ずもどりますミャ……」

「う~ん……そっか……そうじゃのう……それも一理あるニャあ、 アマテルがそういうのならそうしようかのう。 
そうだ、ハチも一緒に連れて行け。 知っての通りハチは足が速い。 俊敏で飛び跳ねる力も優れておる、きっと役に立つはず」

視線をハチに向け「ハチ!頼めるか?」

黒猫のハチが「はい、ニャン吉大将」

側で黙って聞いていたアマテルの母猫マミが「アマテルこれを持っておいき」小さな固まりを手渡した。

「これなに?」ハチが聞いた。

「深海鮫の肝臓を乾燥させて粉末にしたものなの。 万が一傷を負うようなことがあったら、これを直接患部にふりかけなさい。 傷が速く癒えるのよ。 疲れたときや空腹時には食してもいいの…すぐ活力が出るから。 我が家に伝わる万能の秘薬ニャ」

アマテルが「かあさんそんな大事な薬ありがとう。 わたし頑張るニャ!」

「いいかい、おまえ達は女の子なんだから、やんちゃするんじゃないよ。目的は現状を見て報告すること。 無理しないようになさい」

ハチが「おばさんありがとう。 絶対無理しませんから」

こうしてアマテルとハチは海岸沿いを朝里に向け走り出した。 祝津を出て一時間。 小樽築港にさしかかり二匹は足を止めた。 

アマテルが「ハチ、少し休憩しようニャ」

「うん、そうしよう」

「ねぇハチ、わたし走りながら考えたんだけどね。 今回のことでどうしても解らないことがあるニャ」

「わからない? ……なにが?」

「なんで、このタイミングで札幌からわざわざ小樽に?  まして小樽の外れの小さな祝津漁港に来るの?」

「なんでってやっぱり食べ物が豊富だからでは?ミャ」

「それだったら石狩港の方が札幌に近いし、望来村や厚田村のほうが絶対近いはず。 おなじ港町で食べ物も豊富にあるはずだニャ」

「う~ん? わたしにも、よく分かんない」

「どう考えても向こうの方が近いし楽なんだよね? ミャ」そう言いながらアマテルは首を傾げた。

ハチが「とにかく急いで朝里に行こうよミャ」

また二匹は走り出した。 アマテルは走りながら、やっぱりなにか腑に落ちないと考えていた。


 ハチが「いよいよ朝里だね」

アマテルは「ここからは気を引き締めて行こうね」表情険しく言った。

高台で二匹は足を止め漁港を眺めていた。 そしてあることに気がついた。

「ねぇハチ、なんかわからないけど……どこか変」

「そうね、なんか普通に猫たち歩いているし、惨劇の跡って感じがしない……」

「ハチ、ここで待っててほしい。 わたしが確かめてくる。
夕まずめの頃になっても戻らない場合は、祝津にひとりで戻って欲しい。 そん時はくれぐれも気をつけて戻ってねミャ」

「アマテルどういうこと?なにを確かめるニャ?
わたし解らない・・ミャ」

「見た感じ・・・この漁港は普通に穏やかなの。 ヤング親方の話しのような惨劇があったと思えない。 だから、それを確かめにわたしが直接行って確かめてきたいの!」

「じゃあ、ヤング親方の話しはデマなの?」

「そこがわからないの……だからわたしがとりあえず港に下りてみるミャ」

「うん、わかった。 夕まずめまでわたしここで待つから絶対に帰ってきてね……ミャ」

「行ってくる」アマテルは一気に駆け下り漁港に向かった。

漁港は特段と変わった気配は感じられない。 猫達の集まりそうな軒下を様子を伺いながらゆっくりと歩き始めた。 草陰から一匹のメス猫がアマテルに声をかけてきた。

「あんた誰だい……どこから来た。 なんか用?」

「初めまして、わたしは祝津から来たアマテル。 ちょっと確かめたいことがあってここに来ました」

アマテルが話してる間に三匹の猫が、アマテルをとり囲んでいた。 

一番大きく強そうな黒猫が「なにが聞きたい……!」威厳のある声。

「はい、ことの発端はカゴメ衆の噂で……」アマテルはことの経緯を説明した。

「なに? 我々朝里猫が札幌から来た猫衆に陥落させられただと…ハハじつに面白い。 シッポの毛が抜けそうだわい……ニャ」

一斉に他の猫達も笑った。

黒猫が「そのはなしはデタラメじゃ。 なんで我々が札幌の猫なんぞに負けるものか……ふざけおって」

「そうでしたか・・・わかりました。 ありがとうございました」

「だが、なんでその赤岩の大将はそんな嘘を付くのかのう?」

「そこです。わたしも理解できないでおりますニャ」

「祝津猫と赤岩猫では確執があるのか?」

「近年では聞いたことありません。 何十年も昔はニシンのことで諍いがあったいうはなしは聞いてますけど……ミャ」

「まっ、はやいとこ祝津さ帰って、このことをみんなに報告しなされ」

「はい、ありがとうございました」

こうしてアマテルは朝里漁港を後にしハチと合流した。


ハチは「案外速かったのね!で、どうだった?」

「札幌の猫衆による襲撃の事実はないの全部デタラメ。 いったい何のために……? とりあえず早足で戻って、みんなを案心させましょ」

「嘘なの!信じられないミャ」

その時だった。 上から海鳥の鳴く声が耳に入った。

「ねぇ、あなた達もしかして祝津の猫じゃないかね?」

二匹は上に視線を向けた。 そこには一羽のカモメが滑空していた。

ハチが「今私たちに声かけたのカモメさんあなたなの?」

「そう僕。あんた達祝津で見かけたことあると思ったから声をかけたけど・・・違うかい?」

アマテルが「はい、そうです私たちは祝津猫ですけど・・・」

「どうしてこんな遠くまで来たの?」

「色々と事情がありまして……ミャ」

「これから海が荒れるから気をつけなね」

「はい、ありがとうございます。 カモメさんも気をつけてください」

その時ハチがあることを思いついた

「カモメさん、これからどちらに?」

「祝津方面に戻るけど」

「頼みがあるのですけどお願いできませんでしょうか」

「なんですか?」

「わたしはハチと申します。祝津にニャン吉という猫の大将がおります。 その猫に『札幌猫衆の襲来ばなしは全部嘘です』って伝言お願いできませんでしょうか?」

「それだけでいいの?」

「はい、それだけ伝えてもらえればわかります」

カモメは瞬時に風に乗って祝津の方へ消え去った。 それから四十分ほどして上空にあのカモメの声がした。

「お二人さん、祝津に行ってニャン吉さんに報告したよ」

ハチが「ありがとうございます助かりました。 今度お礼させてください」

「じゃあ気をつけて」カモメは飛び立っていった。

二匹は休憩をとらず一目さんで祝津方面に走りだした。 来たときよりも心なしか足取りが軽やかに感じられた。


ところが祝津に戻ってすぐ、港の雰囲気がどこかおかしいと感じた。 一見、普段と変わりない漁港の景色。 でも、あの慣れ親しんだ漁港の雰囲気と何かが違う。

アマテルが呟いた「……?なにかがちがう!」

ハチも「アマテル、この雰囲気どう思う? なんかおかしいよ……ニャ」

「うん、わたしも感じる、 なんだろう……?
いつもなら四六時中誰かが毛づくろいしてるのに・・・ここは誰もいない???間違いなく変? わたし赤岩のヤング親方に会ってくる。 彼の襲撃の話しからこんなことになったのだから、その辺のところ詳しく聞いてくるね」

二人は休まずに赤岩のヤング親方を訪ねた。

事情を聞いたヤング親方は「そうか・・・そんなことがあっただか。 ニャン吉親方がおめえ達の伝言をカモメから聞いたとわしに知らせに来てくれただけんども、それ以上のことは知らニャイ。 別に変わった様子もなく普通だったけどのう。 まさか祝津の衆が消えるとは、わしもビックリだ……
おぬしアマテルといったな、わしも協力するから何なりと言ってくれ。 とりあえず赤岩の猫衆にはなしを聞いてみるから、何かあったら祝津に部下を走らせるで、お互い情報を交換するニャ!」

「親方ありがとうございます。よろしくお願いしますニャ」

二匹は赤岩をあとにした。結局なんの手がかりもつかめないままアマテルとハチは不安な一夜を過ごした。