「俺、“狼牙”っていう族にいるから、
“紅嵐”の連中によく目をつけられんだよ」


「族、ですか!?」


 珍しい客人の来訪に、
私は少しだけウキウキしながら尋ねる。


「ちなみに、どこの王族の方なんですか?」

「……は?」


 口をあんぐりと開ける男の子。
そのクールな表情が初めて、
崩れた瞬間だった。

 あれ?
 なにかが噛み合っていないみたい。

ふたりでキョトンとしていると、
なにかに気づいたらしい男の子は
納得したようにため息を吐く。


「いや、それは族違いだろ」

「ああ、遠いどこかの国の王族の方では?」

「ちげえよ! 
族ひとつでそこまで妄想できるとか……。
お前、小説家にでもなれんじやねぇの」

「小説家ですか? 
いいですね。私、本大好きなので」


 にっこり笑ってそう言うと、
男の子は呆れ疲れたような顔をした。


「冗談だっつの……。
それから、俺が言ってるのは
“暴走族” のほうだ」

「ああっ、そうでしたか!」


 パンッと両手を合わせたら、
男の子は目を丸くする。


「驚かないんだな、暴走族に対しては」

「えっと、それって
びっくりするようなことですか?」

「は? 普通、怖がるだろ」

「あー……私、普通っていう言葉から
かけ離れているのかもしれません」


痛みを感じないことと同じで、
私はきっとみんなと感覚がずれているのかもしれない。

自嘲気味に笑うと、男の子がいぶかしむように見てくる。
その視線を断ちきるように、私は身体を起こした。


「そんなことより、傷の手当てをしないと」


気を取りなおして、男の子の口端にハンカチをあてる。


「いてっ、余計なことすんな」


 顔をしかめた男の子には悪いと思ったけれど、
問答無用で傷に絆創膏を貼っていく。


「私、広瀬蕾(ひろせ つぼみ)といいます。
あなたは、なんていうお名前なんですか?」

「……榎本夜斗(えのもと やと)」

「や、と……どういう字を書くんですか?」


そう聞くと、彼はコンクリートの床に
指で漢字を書いてくれる。


「夜斗、夜斗くん。どうぞよろしくお願いします」

「よろしくって、もう会うこともないだろ」

「えっ、もう会いにきてくれないんですか?」


 せっかく出会えたのに。
これもなにかの縁だって思えたのに。
これっきりだなんて寂しすぎる。

 がっくりと落ちこんでいると、
夜斗くんは「あー……」 と渋い顔をしながら
髪をかきあげた。