男の子の瞳が、どこか寂しげに
揺れているように見えて……。
その場から逃げだすことも、
目をそらすこともできなかった。
息をひそめて、じっと男の子を観察する。
その顔のいたるところに、
殴られたような痕があった。
まくられたワイシャツからのぞく腕には、
無数のすり傷。
口端も切れているのか、赤い血がついている。
「怪我、大丈夫ですか?」
怖かったけど、そう声をかけずにはいられなかった。
だって、普通の人は怪我をしたら痛いものでしょう?
私には感覚がわからないけど、
出血してるし、かなりひどそう。
びくびくしながら返事を待っていると、
男の子はキッと私を睨みすえる。
「ひっ」
つい、小さく悲鳴をあげてしまった。
この人、「手負いの狼 おおかみ 」みたい。
うん、その例えがしっくりくる。
「ほっとけ」
バッサリと拒絶されてしまった。
ショックを受けていたら、男の子はズルズルと、
バルコニーの柵に背を預けるようにして座りこんでしまう。
顔色も悪いし、ひどい怪我をしているのに、
ほっとくなんて無理だよ……。
私は思い立って、部屋を出る。
時刻は夜中の1時半。
きっと、お父さんもお母さんも寝てる。
私はハンカチを洗面台で濡らして、
リビングの棚から救急箱を手にすると、
忍び足でもう一度部屋に戻る。
「すみません、そっちに行ってもいいですか?」
カーテン越しに声をかけるけど、返事はない。
仕方ないので、私はバルコニーに出る。
男の子は片膝を立てて座ったまま、目を閉じていた。
「寝てる……?」
目を瞬かせながら、私は恐る恐る
男の子のそばにしゃがみこむ。
救急箱を横に置いて、
濡れたハンカチを男の子の口端にあてると……。
「――ふぐっ」
骨ばった大きな手に、口を塞がれた。
それだけじゃなく、
私の身体はバルコニーの床に押したおされる。
――お、襲われる!?
今さらだけど、不法侵入してきた男の子を
手当てしようだなんて、
危機感がなさすぎたかもしれない。
誰か助けて……!
目じりに浮かんだ涙の粒が、頬を伝ったとき。
男の子はハッとしたように目を見張る。
「なんだ、お前か……驚かせんな」
いやいやいや、それはこっちのセリフだよ。
なにが起こったのかわからないまま、
私は男の子を見上げた。
すると感情の凪いだ彼の冷たい瞳に、
私の顔が映りこむ。
寂しそうな目……。
押したおされたっていうのに、変だよね。
それを見たら、怖いとは思えなくなった。
「追っ手に気づかれたかと思ったけど……」
男の子は途中で言葉を切り、
バルコニーの柵の隙間から、
家の塀の外を見る。
時間も時間なので、通行人は当然いない。
でも、遠くに見える都会のネオンの光は
夜も眠らずにギラついている。
「あいつらも、俺が他人の家に隠れてるとは
思わねえだろうな」
男の子は私の口から手を離して、
前髪をかきあげた。
その整った顔に、トクンッと胸が高鳴る。
きれいで、男らしくて、かっこいい。
陳腐な感想が頭を駆けぬける。
それにしても……。
「追っ手とか、隠れるとかって……?」
物騒な単語がいくつか
聞こえた気がするんだけど。
問うように彼を見れば、
頭をガシガシとかいている。
揺れているように見えて……。
その場から逃げだすことも、
目をそらすこともできなかった。
息をひそめて、じっと男の子を観察する。
その顔のいたるところに、
殴られたような痕があった。
まくられたワイシャツからのぞく腕には、
無数のすり傷。
口端も切れているのか、赤い血がついている。
「怪我、大丈夫ですか?」
怖かったけど、そう声をかけずにはいられなかった。
だって、普通の人は怪我をしたら痛いものでしょう?
私には感覚がわからないけど、
出血してるし、かなりひどそう。
びくびくしながら返事を待っていると、
男の子はキッと私を睨みすえる。
「ひっ」
つい、小さく悲鳴をあげてしまった。
この人、「手負いの狼 おおかみ 」みたい。
うん、その例えがしっくりくる。
「ほっとけ」
バッサリと拒絶されてしまった。
ショックを受けていたら、男の子はズルズルと、
バルコニーの柵に背を預けるようにして座りこんでしまう。
顔色も悪いし、ひどい怪我をしているのに、
ほっとくなんて無理だよ……。
私は思い立って、部屋を出る。
時刻は夜中の1時半。
きっと、お父さんもお母さんも寝てる。
私はハンカチを洗面台で濡らして、
リビングの棚から救急箱を手にすると、
忍び足でもう一度部屋に戻る。
「すみません、そっちに行ってもいいですか?」
カーテン越しに声をかけるけど、返事はない。
仕方ないので、私はバルコニーに出る。
男の子は片膝を立てて座ったまま、目を閉じていた。
「寝てる……?」
目を瞬かせながら、私は恐る恐る
男の子のそばにしゃがみこむ。
救急箱を横に置いて、
濡れたハンカチを男の子の口端にあてると……。
「――ふぐっ」
骨ばった大きな手に、口を塞がれた。
それだけじゃなく、
私の身体はバルコニーの床に押したおされる。
――お、襲われる!?
今さらだけど、不法侵入してきた男の子を
手当てしようだなんて、
危機感がなさすぎたかもしれない。
誰か助けて……!
目じりに浮かんだ涙の粒が、頬を伝ったとき。
男の子はハッとしたように目を見張る。
「なんだ、お前か……驚かせんな」
いやいやいや、それはこっちのセリフだよ。
なにが起こったのかわからないまま、
私は男の子を見上げた。
すると感情の凪いだ彼の冷たい瞳に、
私の顔が映りこむ。
寂しそうな目……。
押したおされたっていうのに、変だよね。
それを見たら、怖いとは思えなくなった。
「追っ手に気づかれたかと思ったけど……」
男の子は途中で言葉を切り、
バルコニーの柵の隙間から、
家の塀の外を見る。
時間も時間なので、通行人は当然いない。
でも、遠くに見える都会のネオンの光は
夜も眠らずにギラついている。
「あいつらも、俺が他人の家に隠れてるとは
思わねえだろうな」
男の子は私の口から手を離して、
前髪をかきあげた。
その整った顔に、トクンッと胸が高鳴る。
きれいで、男らしくて、かっこいい。
陳腐な感想が頭を駆けぬける。
それにしても……。
「追っ手とか、隠れるとかって……?」
物騒な単語がいくつか
聞こえた気がするんだけど。
問うように彼を見れば、
頭をガシガシとかいている。


