その小さな手の内にあるのは知識でも経験でもなく“自分”という生身の物体だけだ。
ちょっとしたことで傷付いてしまいそうなそれを彼女は手札として差し出してきた。
作家 武長 奏を想う気持ち。
満はそれだけを持ってここまで堂々と乗り込んできた。
「入りなさい」
「へ……?」
満は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして奏を見た。
「そこで色々言われては迷惑だから入れと言っている。『武長 奏がミジンコのような微々たる経験しか持たないバイト編集の生きる糧を奪った』などとある事無い事言われてみろ。
お前は糧を奪われた哀れなミジンコバイト編集よろしく泣くなり嘆くなりしていればいいが、俺の立場は最悪だ。
朝のゴミ出しの時、どんな顔をしてお隣の中村さんと挨拶を交わせばいい」
奏はドアを広く開けた。
不機嫌丸出しで顔を顰め、深い息を吐く。



