恋は小説よりも奇なり


奏は万年筆を手にしてボーっと見つめる。

満のことが脳裏に浮かんだ。

顔色を窺(うかが)いながら、たどたどしい態度でプレゼントを持つ姿。

口では怒っているのにしょんぼりと肩を落としたようなあの表情(かお)。

鉛のように重たい吐息が漏れた。


「――…先生……武長先生ってば!」

珠子の甲高い声がリビングに響き渡る。

マンション中に聞こえるのではないかと思うその声に奏は一瞬だけ不愉快そうな顔をするものの、すぐに何食わぬ顔に戻り「……何だ」と返事をした。

「何だ……じゃないですよ。私の話聞いてました?」

「当然。“三十路の独身担当編集者がどうやったら現在の恋人と結婚までこぎつけられるか”について懇々(こんこん)と話していた」

「全然聞いてないじゃねーですか。ホント殴られたいんですか……」

今いちばん気にしている事を指摘され、珠子の眉間に海溝(かいこう)のように深い皺がきざまれる。

「俺は女に殴られて喜ぶような変態じゃない」

「ああ言えばこう言いますね……」

「お互い様だ。それで、何の話をしていた?」

奏は資料に視線を落とし、ようやく打ち合わせの姿勢に入った。