恋は小説よりも奇なり


シャツから香る煙草の匂いが満の心拍数をより早めた。

「……お前も俺から離れるのか」

耳元で囁かれる低音。

市立図書館の桜並木で感じた切なさが甦る。

「えっ……?」

「何も告げずに行くつもりか……」

奏は真剣だった。

しかし、満には彼が何のことを言っているのか分からない。

満は話すために距離をとろうと身体を動かすが、奏はそれを許さなかった。

離れようとすれば奏の腕に力がこもる。

傲慢(ごうまん)で自信家な作家 武長 奏の姿はどこにもない。

目の前にいるのは人に対して臆病で不安を抱えた繊細な人。

満は彼の広い背中に手を回す。

「……私はどこへも行きません」

満のしなやかな指先が奏の背を撫でた。


自分はここにいる――…そう彼に伝えるように。