ラルト・アーランドの両親。
父ハーラン・アーランド、母アーリ・アーランドはとても優しく穏やかな人間だ。
父ハーランは、ラルトと森に行き獣や山菜を採りに毎日のように出かけた。そして母アーリは、私の着ていた薄汚れたワンピースを哀れに思ったのか新しく繕い直してくれた。それから何着かも作ってくれた。
その数は日に日に増えて行き、もしかしたら単に繕い物が好きなだけでは無いか?と日々感じるくらいであった。

「良い出来だわ!見てハーラン、ラルト!」
「母さん、これは…」

最高傑作だとアーリが言ったその服は、真っ赤なドレスだった。
(一体いつ作ったんだ?)

そう思いながらも私は少々気恥ずかしく前を向く事が出来なかった。
だが、アーランド夫妻はまるで褒めちぎる程に感想を述べた。しかしラルトは何も言わなかった。

(馬鹿にでもするのか?)

こっそり片眼を開き前を向いて見るとミーラの目の前には、ミーラの立ち姿にドレスに身を包んだ姿に何故か呆然と立ち尽くしたラルトが居た。
ラルトは、思わず何も言えなかったようだった。
はっと我に返ったラルトは、微笑みながら言った。

「綺麗だ。…綺麗だよミーラ」
「…っ!」
「本当によく似合ってるわ、ミーラちゃん」
「まるでお嬢様みたいだよミーラちゃん」

息を飲んだように話すラルト。
”綺麗”
そう言われた時何故か余計に恥ずかしくなってしまった。
いやいや、っと表情に出さない様に頑張るが、なにぶん母様以外に褒められた事が無かった為に顔の赤さは増してしまった。
その後も優しい微笑みを浮かべるアーランド夫妻。何故か私もこの時は自然と幸福感に包まれたかの感覚があった。
何気ない一瞬が心地よかった…

結果アーリはこの日、何日も丹精込め作った服を私に沢山くれた。
それは、私の髪に合うようにと真っ白な生地にチラホラと赤い薔薇の花の刺繍を施し、襟元のフリルがあしらわれたシャツに黒の絹のズボン。こんなに身綺麗な服や生地に袖を通した事が無かった私はとても嬉しく、よく着ていた。
動きやすかったのもあるが、単純に赤い薔薇の刺繍が綺麗だったからだ。
そして、それらはいつからか私のお気に入りの服装になっていた。
初めの頃は、堅苦しくしていた私はこうして彼らの生活に徐々に溶け込むようになっていった。

初めての夜、ラルトに連れられて行ったのは小さな部屋だった。そこは、元々お客様ようにと空いていた部屋だったが、アーランド家に世話になると決まった日から私専用の部屋になった。初めて部屋の中を見た時、私は小さな窓から見えた景色に釘付けになった。
そこにあった景色は、”母様の眠る森”だったからだ。
いつでも母様が見てくれているのではと感じるようなそんな感覚。何日経ってもやはり完璧には馴染めない空間、服を着替える時も何をする時もこの身体の鱗が見えてはいけないという緊張感。とても不安や孤独感を少なからず感じたていた私だったが、窓から見えた景色に少し救われた感じがした。

「この部屋にしたけど、よかった?嫌なら他を…」
「い…いや」
「え?」
「この部屋、が良い。」
「気に入ってくれたなら良かった。好きに使って良いよ。僕はリビングにいるから何かあったら言ってくれ、じゃ、おやすみミーラ。」

私は彼の言葉に頷くしか出来なかった。この部屋を与えられた日からこの部屋は私を魔族の母様の娘である事を改めて感じられる場所となった。
同時に母様を失った悲しみ。それから、1人で何としてでも生きて行かなきゃいけない状況である事。
そして、人間であるラルト達と生活をする事。
これからの事を考え、進まなくてはいけない状況を前に
今は、この部屋に居る今だけは、少しだけ…

私は、一人きりの夜。
今まで出すことの出来なかった本当の私。
私の感情全てを声にならない叫びのように泣き崩れた。

”明日からは、頑張るから…今日だけ”

小さな魔族の少女ミーラは、部屋に入る度に何度も生まれ変わるーー