談話室に入ると、車椅子に座った白髪のおじいさんが窓際で施設のスタッフらしき人と一緒にいた。

「じいちゃん、久しぶり。」

だいちゃんが近付いて明るく声をかけると、おじいさんは顔を上げてニコリと笑った。

「おお、よう来た。よう来た。」

目尻がきゅっと下がる。
それを見た瞬間、だいちゃんの笑顔はおじいさん譲りなんだと思った。

「津田さん今日は調子良さそうですよ。」

スタッフの人にそう言われて、だいちゃんはコクリと頷く。

「じいちゃん、今日は彼女連れてきたよ。水沢咲良さん。」

そう言ってだいちゃんは私の肩を軽く引き寄せる。
ぐっと距離が縮まって、また私の心拍数は上がってしまう。
しかも躊躇いもなく“彼女”だなんて。
嘘なのに、ドキドキしてしまう。
いや、嘘だからドキドキするのかもしれない。
緊張と罪悪感で胸が詰まりそうだ。

「あ、あの。水沢咲良です。」

名乗ると、下がっていた目尻がまた更に下がった。

「さくらさんかぁ。良い名前だなぁ。大地は可愛い子をみつけたんだなぁ。」

おじいさんはニコニコと嬉しそうにする。
そして私を見ると言った。

「ところでお嬢さん、お名前は?」

「…咲良です。花が咲くの“咲”に、良い悪いの“良で咲良です。」

“ボケが始まっていて”なんてだいちゃんは軽く言っていたけど、ほとんど間をあけずに名前を聞かれたことを思うと、もしかしたら私が思っている以上におじいさんの認知症は進んでいるのかもしれない。
たぶんまた、名前を聞かれるんだろう。