物心ついた頃から母と二人、小さなアパートに住み人並みの生活をしていた。


幼い頃に父について聞いた事があったが、悲しそうな表情で何も教えてくれなかった母が印象的でなんとなく聞いてはいけないんだと思ってから口にした事はない。


幸せだった、母と二人だけど平凡に慎ましく何の不満もなく育った。


普通の高校を卒業して、普通の短大を出て、普通の町工場の事務として就職してこれからもきっとこんな普通が続くと思っていた中、母が亡くなった。


体調を崩し、入院してからあっけない程に母は私を残して逝ってしまった。


多分生まれて初めてこんなに絶望して、悲しみとは消えないものなのだと知った。
立ち直る事などないのだ、ただ悲しみ、ただ辛く、どうしようもない焦燥感とうまく付き合っていくだけなのだと。


それでも、生きていくためには働かなくてはいけなくて、それでも近所のこの町工場にいるのはとても辛かった。
母を知っていて、皆がとても気を遣ってくれるのもわかっていたのに、それでもそれがまたどうしようもなく辛く逃げ出したくなった。


どこか、誰も知らない、誰もいない所に行きたいと、そんな事を思った所に彼らはやってきた。


「佐藤ちゃん、なんだかとってもかっこいい二人組がきて貴女をご指名よ。
社長とあっちの部屋にいるから、うふふ。それにしてもかっこよかったわよ~」


仕事場に行くと、すぐにそんなことを間柴(古株のパート)さんに言われる。
かっこいい二人組?なんだろうか。うちの町工場は取引先なんかと商談(と言っても大したものではない)なんかがあるとはいえ事務の私には関係ないしなぁ。