「……本気なの?」
 私の問いに、省吾は頷く。頷いてそのまま下を向いてしまった。いつも言葉を言うのが苦手な不器用な子だった。
「免許、いつ取ったの」
「誕生日の二か月前から取れる。だから合宿で取った」
「そうか。だからお花、注文してたんだね。お誕生日おめでとう」
 省吾の手には、私が今日作ったバラの花束。注文した人の名前は省吾ではなかったが、すぐにわかった。彼は嘘が下手すぎる。
「いいよ」
「え?」
 俯いていた省吾が驚いて顔を上げたので、そのまま花束を奪う。
「いいよ、誘拐。誘拐してよ、省吾」
「いいの? いや、誘拐はするけど、いいの?」
 どっちだよ。
 面白くて笑ってしまった。
 自分で言ったくせに動揺しすぎ。半信半疑、イチかバチか。
 彼にとって大きな賭けだったに違いない。
「……いいよ。でももし彼が私を追いかけてくれたらゲームオーバー。そうだね。結婚式のまでに彼が私を見つけなかったら、結婚辞めちゃおっかな」
「なんだよ、それ! 愛してるから結婚するんだろ!」
「ぷぷぷ。愛。愛だってっ。ふふふふ、省吾は可愛いね」
 十九時からは夜。
 私の生活ではそう決めていたはずなのに、省吾のせいで今日はまだ夜に染まるのを止めた黄昏時みたいに温かく、緩やかな時間だった。
「覚悟もなく誘拐って言ったの。それで私が断ったら諦めがついたのね。ごめんね、省吾」
「謝るなよ」
「浚って。誘拐していいよ。浚っていいよ」
 戸惑う省吾の顔を覗く。彼がこうやっていつまでも私に未練を感じてしまうのは、私が大人に慣れきれず、彼をこうやってからかってつい構ってしまうからなんだろうな。
 私が、省吾を動揺させちゃうんだ。
「誘拐する。抵抗させないからな」
「はーい。誘拐場所は?」
「爺ちゃんの家」
「ぷぷっ」
 誘拐犯が行く場所を人質に言ってしまっていいの。
 つい楽しくて笑ってしまう。
 お爺ちゃんに借りたという車を見た時はもっと笑った。
 軽トラの助手席にこの歳になって、わくわくしながら乗り込むことになるとは思わなかった。