散りゆく花泥棒と夜明けを待つ花嫁

『ちとせ!?』
 携帯の向こうで焦る彼の声を聞いたら、悲しくて胸が焦がれた。
『どこにいるんだ? 電話だって繋がらないし仕事場には、オヤジが会わせてくれなかったし、ちゃんと話を聞いてくれないか』
「山形ちとせは、俺が預かった」
 鼻をすすりながら省吾が震えた声で言う。
「欲しければ、全てを捨てて探しに来い。愛する人を返してほしければ、お前は全て捨てろ、クソ野郎」
「ぷっ」
『ちとせ? そこにちとせもいるのか』
「ふふ。ふふふ。ごめんね。さようなら、かもしれない。ごめんね」
 笑いながら涙が零れ落ちる。さよならでいいのかもしれない。
 その方が苦しくないのかもしれない。そうすることで、私は省吾を守れる。
「……愛してる。お願いだから私を」
 そのあとに続く言葉は、『探して』なのか『忘れて』なのか分からない。
 省吾と私を繋ぐ感情は、恋とか愛じゃなくて、そんな生易しいものではなくて。
 ズタズタの心で、省吾は私の代わりに止めてくれた。それだけ。
 キスしない。触れてこない。それじゃ満たされない。そばに居たい。好き。傷つかないで。幸せになって。
 私たちの間にある複雑な感情に、名前は付けられなかった。
 携帯の電源を切って、二人で外の満月を見上げて、答え合わせをした。