「何でもありません」

頬に、手を当てたまま否定した。

「そうか」

落ち着きはらった総長の声が静かに聞こえた。

涙は止まらなかった。

はらはらと頬を伝った。

「……すみません」

やっと吐いた言葉は、嗚咽に等しかった。

「気が済んだら出てこい」

総長がゆっくりと腰を上げ、部屋を出ていく。

畳を摩る足音に、総長の優しさを感じた。

総長が部屋を出ていくと、音が全くしなくなった。

涙で滲んだ瞳を下から上に、なぞるように移すと、花鳥風月の掛け軸が見えた。

荘厳な掛け軸が俺を見下ろしている。

いや、睨みつけている。

何故だか、そう感じた。

涙の滲んだ薄い幕で(いびつ)に見える掛け軸。

その歪さが、睨まれているように感じさせているのかもしれない。

畳の下からじわじわと立ち上ってくるような凍てついた部屋の空気。