青いチェリーは熟れることを知らない①

切なく見つめられ、ちえりは胸が締め付けられたように息苦しくなる。

「……あ、……」

(……心配することなんてなにもないのに……)

 それから鳥居隼人のことを口にしないのは彼なりの優しさなのだろう。
 そして、このカードキーを受け取ったからには今までのような言い訳は通用せず、鳥居の部屋に転がり込むなど言語道断なのだ。

「わかりました。毎日おいしいご飯作ってセンパイの帰り待ってますね!」

「ん、なるべく一緒に帰れるよう俺も頑張って仕事終わらせるよ」

 大人しく頷いたちえりに安堵した瑞貴は、さらに距離を詰めると長い指をちえりの指先へ絡め……

「……っ!」

 予期せぬ行動に目を丸くした彼女へ独り言のように呟く。

「チェリーとこういうこといっぱいしたかった。真琴がホント、羨ましくてさ……」

 楽しかった学生時代。
 しかし、瑞貴が中学に上がると"三歳違い"が生んだ隔たりはあまりに大きく、再び手の届く距離へ戻ってこれたこの奇跡をただの偶然では終わらせたくない。その想いは瑞貴もちえりも同じだった。

「私だってそうですよ! ……瑞貴センパイと一緒にいられる真琴が羨ましくて……す、すごく仲良しだし……」

 勉強する妹の傍に居る優しいお兄ちゃん。
 センパイが優しくしてくれたのだって、きっと私が真琴(妹)の友達だから……

 それを自覚するたび、胸を締め付ける寂しさが踏み出す足をその場に留まらせてしまう。
 だが、穏やかな眼差しでちえりの言葉を聞いていた瑞貴の口から飛び出てきたのは以外なものだった。

「ん? チェリーが遊びに来るときくらいしか真琴とは関わらないけど……」

「……え?」

「別に共通の趣味があるわけでもないし。あ……」

 会話の最期で何かに気づいた瑞貴。彼の視線はそのままちえりへと流れ、春風を思わせるその優しい笑みは少年だったあの頃を思わせる爽やかさが満面に広がっていく。

「……っど、どうかしました!?」

 まさかの言葉を浴びながら期待に膨らむ乏しい胸と眼差しは、その先の甘い誘いをこれでもかと待ちわびて高鳴る。

「"好きすぎて独占したい"っていう気持ちは同じかな、ってさ」

「あはは……真琴が本当にそう思ってくれてたら嬉しいなー……」

(そっかぁ、真琴は私が好きすぎて独占したいんだ……
嬉しいな……親友にそう思ってもらえるなん、……て?) 

(……んん???)

「俺はもっとチェリーのことを想ってた。だからこの再会を"偶然"で終わらせたくないんだ」

「……センパイ……」

(わたし……期待していいの?
その"想い"の先には未来があるって、自惚れてもいいの――?)