「お前西京漬け食える?」

 和皿を運びながらこちらを振りかえった鳥居。そういえば、先ほどから魚の香ばしい匂いが漂っているなと感じたとたん、鼻孔を抜けて腹と頭を刺激したそれは口元にだらしなさを#齎__もたら__#す。

「その涎はむしろ好物って感じか」

「……ハッ!」

 指摘され、慌てて袖口で口元を拭うと何か言いたげな視線が突き刺さる。

「…………」

「あはっ、思ったよりお腹すいてたみたい」

「それ俺のシャツな。どーせ寝てる間も口元緩むんだろうから同じだけど」

「……あ、えっ!? ごめん!!」

 的違いなことを言ってしまったことに羞恥心に火が付くが、いつまでも立ち話をして食事が冷めてしまうのは申し訳ない。そしてそれは鳥居も同じ考えのようで、向き合うように用意された座布団へ座るよう促される。

「なにからなにまですみません。美味しくいただきますっ!」

(……豚の冷しゃぶに筑前煮とお味噌汁に漬物、そしてこの焼き魚……っ! 品数多いっ!! こ、こやつ……女子力高すぎやしないかっ!?)

「どーぞ」

 早くも味噌汁に手を付けていた彼は上目使いにちえりを一瞥すると綺麗な箸使いで食事を進めた。

「もしかして和食好きなの?」

(この前は羊羹ごちそうしてくれたし)

 筑前煮の竹の子の触感を楽しみながら口を動かす。
 味はもちろん、このシャリシャリとした歯触りの良さが作り慣れた玄人の完成度なのだと思うと、あのような未完成な料理を振舞った(?)自分が恥ずかしくなる。

「まぁな。素材が一番生きるのは和食だと俺は思ってる」

「へぇ……」

(……なんか意外。そんなこと考えてたんだ……)

 好きな物に理由があるというのは何て奥深い人間だろう。自分がもし『なぜ洋食が好き?』かと問われたら『美味しいから』としか答えることができない。そこに理由を付けるとしたら丸一日悩んでもろくな考えが浮かばないだろうとしみじみ思う。

「どれもすごく美味しいのはあんたが素材に敬意を払ってるからかもねっ」

(素材を殺すことなく料理するって一番大切なことなのかも。それに比べて私なんか……)

 数日前のミネストローネが脳裏に浮かび内心ため息をついていると、一流の料理人(?)から思いも寄らぬ質問が飛び出してきた。

「……昨日出かけてただろ。まだ買い物揃ってねぇの?」

「ううん、昨日は瑞貴センパイとデートしてきたんだ。えへへ」

(……? ドアの音でも聞こえたのかな? なるべく静かに閉めてるつもりなんだけど……)

 不細工なミネストローネが吹き飛び、とたんに瑞貴との幸せな一日が天から舞い降りてくる。

「ふーん。海とか映画とか行ってきたわけ?」

 自分で質問しておきながら興味なさそうに食事を続ける鳥居。会話が弾まないからどうでもいいことを聞いているのかと一瞬思ったが、それはそれでノロケ話をぶつける相手としてはちえりにも好都合だった。

「街中デートよっ! 街中デート♪ 珈琲飲みながら手繋いじゃったりしてぇっ! きゃはっ」

「……いま口から魚出たぞ。で、珈琲飲みながら一日終わりか?」

「……げっ! ご、ごめんっ……って、そんなで一日終わるわけないし!! あとはショッピングして、洋画ドラマ借りてきたりしてっ!!」

 箸が折れそうなほどに力強く握りしめて力説するちえりに鳥居が首をかしげる。

「なにムキになってんだよ」

「あんたが馬鹿にするからでしょうがっ!!」

「ははっ! 相変わらずおかしなやつ」

「なにぉおっっ!?」

 吐く言葉は相変わらず猛毒級だったが、それでも人の話をちゃんと聞いてくれるからしゃべるのが楽しいと思えてしまう。そんな調子で完全に年下の鳥居におちょくられて終了した食事の後――……