『――お客様のお掛けになった電話番号は電波の入らない場所にいるか、電源が……――ピッ……』

 ガイダンスを聞き終える前に通話を終了させた男の表情は疲れによるものなのか、心配事による心労なのかはわからないが暗い影を落としていた。

「……どこでなにしてるんだ? チェリー……」

 目が眩むような激務の合間にこうして幼馴染へ連絡しているものの、スピーカーから聞こえるのは機械的な女性の声ばかりで、求めるちえりの明るい声とは正反対だった。
 彼女がたまたま電波の弱い場所にいることを願っていたが、連絡すること数回。この時間まで一度もつながることなく、これはもう電源が落ちているとしか考えられなかった。

「ちょっと桜田くん……また電話? 今夜はちゃんと付き合ってよね」

「三浦ごめん。今日は疲れてるから……」

 瑞貴はスマホをポケットに忍ばせると、眉をひそめている彼女の視界から早々に消えようとする。

「……待って! 私この前のこと怒ってるのよ!? バーに置き去りにするなんてっ……」

「それは悪かったと思ってる。けど、いまは……」

「若葉さんでしょ」

「…………」

 三浦の口から飛び出した幼馴染の名に足を止めた瑞貴。

「彼女が来てからずっと変よ? 仕事以外でスマホ触ってる桜田くんなんて見たことなかったのに……!」

「……もしそうだったとしても三浦に関係ないだろ」

 感情を爆発させるように声をあげた自分へそっけなく言葉を並べる彼に、三浦の怒りは腹を伝って脳天を貫いたが、彼女は桜田瑞貴という男をそれなりに理解している。

(……ここで怒りをぶつけても桜田くんは振り向いてくれない。だったら……)

「桜田くんが幼馴染の若葉さんを心配なのはわかるわ。小さい頃から一緒に育ってきたんですもの。”妹”みたいな感じなのよね?」

「…………」

 わざとらしく強調された”妹”という言葉に瑞貴の表情がさらに陰り、その表情を見逃さなかった三浦は追い打ちをかける。
 物わかりの良い大人の女性を演じながらそっと彼の背に手を添え、暗示をかけるように言葉を紡ぐ。

「うちの鳥居くんと随分仲がいいみたいだし……そろそろ若葉さんも”お兄さん”離れの時期じゃないかしら?」